琥珀色の溺愛 ーー社長本気ですか?
「どうしました、葵羽さん」

不意に背後から声を掛けられ振り向くと、あの伊勢さんが立っていた。

「何かトラブルですか」

大きな書類鞄を持っているから外回りに行っていたのかこれから行くところなのか。

「おや。そちらはもしかしてハウスオブダリアの長谷川社長さんですか」

「え、あなた・・・・・・」

長谷川社長が目を丸くして伊勢さんを見つめた。

「以前の会社を辞めたのでお付き合いはなくなってしまいましたが、担当の渥美さんにはお世話になりました。今になってこんなところで長谷川社長とお会い出来るとは驚きです」

「ええ、ええ、本当にね・・・・・・」

怒りに震えていたはずの長谷川社長はすっかりトーンダウンしている。

「・・・・・・で長谷川社長は私の上司と何か問題が?」

爽やかな王子様スマイルで私と長谷川社長の顔を見比べてきた伊勢さんにとっても作為的なものを感じる。

「私はクリス社長の奥さまに偶然お会いしたのでご挨拶をさせていただいていただけですわ」

長谷川社長が作り笑顔で伊勢さんに返事をする。

「そうですか。何か揉めていたように見えたのですが気のせいですか?」

「ええ、ええ、もちろん気のせいですわ」

何か都合の悪いことでもあるかのように引き攣った笑顔で顔色も悪くしている。さっきまでの刺し殺さんばかりの怒気は霧散していた。

「あのっ、私は急ぎますのでこれで失礼しますね」

挙げ句、作り笑顔を浮かべそそくさと店の裏に逃げていった。

なに、あれ。白々しいにも程がある。
さっきまで私は彼女に刺されそうなほどの敵意を向けられていたんだけど。

伊勢さんと話した途端逃げ出すなんて。
まさか伊勢さんと彼女の会社の間になにか因縁のような関係があるとか?可能性がないとは言えない。

伊勢さんは無表情で長谷川社長がいなくなったことを確認するように後ろ姿を目で追いその姿が完全に消えると私に向き直った。

「大丈夫ですか、葵羽さん」

「ええっと、ありがとう」

今の長谷川社長の不自然な去り方がとっても気になる。
逃げたよね、あれ。

それを聞いていいのか戸惑っていると
「また長谷川社長に捕まる前に会社に戻りましょう」と言われてハッとして頷いた。

ここでグズグズしてるととまたあのひとが戻ってくるかもしれない。
それはもう勘弁。

打ち合わせが終わって帰社するところだという伊勢さんと並んで会社に向かって歩き出した。

滉輔さんには二人きりにはならないように言われていたし、自分でもそうするつもりだったけど、これは不可抗力だと思う。

あの長谷川社長に追いかけられ責め立てられるよりは昼間の公道を伊勢さんと二人で歩く方がたぶん安全なはず。

「大丈夫ですか」

「ありがとう。助かりました」

「いいえ、ちょうど通りがかってよかったです。長谷川社長すごい顔してましたから」

うん、ちょっと怖かった。
そう思ったけれど、心の中に留めておいた。


< 85 / 96 >

この作品をシェア

pagetop