わたくし疲れました。悪役にならせて頂きます

セシリアは、貴族の家に生まれ育った美しい令嬢だった。
彼女は幼い頃から「高嶺の花」として周りから注目され、周囲の期待に応えようと努力してきた。
婚約している王子と幸せな日々を送る為に、全てを怠らず彼女は誰が見ても完璧な令嬢としての生活を送っていた。


しかし、ある日、運命が彼女を裏切る。

突然舞踏会に現れた女性、アリスはセシリアが奪えなかった王子の心をいとも簡単に奪ってしまったのだ。
アリスは無邪気で魅力的な少女で、最初は売女とあしらっていた周囲の人々も彼女に夢中になっていく。

セシリアの事など忘れたかのように。

セシリア自身も、彼女の笑顔や無邪気さに圧倒され、私が勝てるわけが無い。そう確信した。

日に日に王子との関係が崩れていくのを感じ。
行き場のない悲しさだけが彼女を襲う

どうして…っ。私が努力してきたことが全て無駄になってしまうの……？

セシリアは心の中で叫んだ。彼女は失意の中で、自分の努力が水の泡になっていくのを見ている事しか出来なかった。

周囲からの期待は徐々に無くなり、気づけば後ろ指を刺されるようになった。
王子に相手にされない哀れな女という評価に疲れ果て、彼女は自分の心が壊れそうになっていくのを感じた。

ある晩、セシリアは一人、庭で星空を見上げながら静かに嘆いていた。

頬につたる暖かい涙が虚しくなるほどに寒い夜。

「…はぁ。」
深いため息をついていると、茂みの中からガサガサと足音が聞こえた。

「だ、誰！？出てきなさい！」

その問いかけに茂みの中から、ゆっくりと猫が現れた。
闇に溶け込む黒い毛と光り輝く黄金の瞳。
あまりの美しさに見惚れるほどだった。

「なんだ、猫ちゃんだったのね。貴方も夜のお散歩しているの？」

「ニャー。」

「あら、私もよ。全てに疲れてしまって。こうして現実逃避しているの。もう､消えてしまいたいわ。」
そんな独り言を呟いてみても猫は首を傾けるだけで何も答えない

「ふふ、貴方には分からないわよね､変な事言ってごめんなさいね」

猫に愚痴るなんて、私も落ちぶれたものね。

そう思いながら綺麗な黒猫を見つめていると、猫は鋭く目を光らせ､ニコリと大きく歯を見せ笑った
「…じゃあ、もう良い子で居るのは辞めたら？」

「！？」
驚きのあまり、セシリアは声も出すことができなかった。

猫が言葉を口にするなんて、おとぎ話の中でしか見た事がない。
ついに私も可笑しくなってしまったのだと、思った。

「あ、貴方喋れるの？」
そう問いかけても返事は無い。猫はただ、彼女を見つめている。

「ど、どうして、私にそんなことを言うの？貴方は本当に猫なの？」
セシリアは心の中の疑問を口にした。

猫はしばらく黙っていたが、やがて静かに言った。
「別に理由なんてない。もちろん僕は猫だよ。君の目は節穴なの？」

何度観ても信じられない光景は、揺るぎない現実
驚きが大きい程、逆に冷静になってしまった。

「うっ…喋るだけでも変なのに、いけ好かないだなんて救いようがないわ。」

「正直だなあ。流石に僕も傷つく。
でもまあ、もう少し僕みたいに適当に生きてみた方がいいよ。」

「な、なによ。猫の癖に分かったように…。」

確かに、私は周囲の期待に応えようとするあまり、自分の気持ちを無視していた。

もう自分の夢や希望を奪われ、笑われるだけの「被害者」でいることに疲れているのは事実だった。

「…ふふ…まあ、ありがとう。貴方の言う通りなのかもしれないわ。」

猫は微笑み、彼女の言葉を受け入れるように頷いた。
「もし君が必要とするなら僕の手も貸してあげる。また会おう」

そう告げると猫は闇夜へと溶け込んでいった


その瞬間、ハッと目覚めると気がついた時には既に朝になっていた。

身体を起こすとセシリアは自分のベットの上に寝ていたのだ。

「……いつの間に。あれは…夢だったのかしら。」