十五年の石化から目覚めた元王女は、夫と娘から溺愛される
母と娘
まだ頭の中が少しふわふわするカミラは、娘のディアドラを名乗る美少女に連れられて階段を下りた。そこも見慣れない光景だったが、わっと集まってきた面々には見覚えがあった。
コックも庭師もメイドも執事も、男爵家に仕えてくれた使用人たちだ。皆年は取っているが、見間違えようもない。
「奥様! ああ、本当にお目覚めになるなんて……!」
「使用人一同、奥様のお目覚めを心よりお待ちしておりました」
「旦那様もきっと、お喜びになるでしょう!」
笑ったり叫んだり泣いたり忙しい使用人たちを前にカミラが目を白黒させていると、カミラの腕にしがみついていたディアドラが微笑んだ。
「皆、お母様とお会いできるのを楽しみにしていたのです。私も……それに、お父様も」
「……あ、あなたは本当に、ディアドラなの? 私のかわいいディアなの?」
ひっくり返った声で美少女に問うと、彼女は黒灰色の髪を揺らしてうなずいた。
「はい、十五年前にお母様が守ってくださった、ディアドラです。……何がなんだかわからなくて、混乱されているでしょう。さあ、どうぞこちらへ」
ディアドラに促されて、カミラはリビングに向かった。そこで待っていると、かつてカミラの身仕度を手伝ってくれたメイドが目を真っ赤に腫らしてお茶を持ってきてくれた。当時は少女だった彼女も、もう立派な大人になっている。
「……私もお母様に言いたいことがたくさんありますが、まずはお母様の身の回りに起きたことをご説明しますね」
お茶を飲みながら、ディアドラが言う。
……彼女の説明によれば、カミラがディアドラを庇って倒れたあの日から、実に十五年もの歳月が流れているようだ。
あの日ディアドラを狙っていたのは、王妃の手先だったという。晩餐会の日、ジェラルドが青い目を持つディアドラに興味を持っていることに気づいた王妃は、笑顔の裏で戦慄していた。
ジェラルドと王妃の間には、王太子がいる。彼は決して無能ではなかったが、おっとりと優しくて勉強もそれほど好きではなかった。愛嬌があるので皆に愛される王子だったが、息子が今ひとつ冴えないことに王妃はやきもきしていた。
そんな折、カミラが姪のディアドラを連れてきた。ディアドラは一歳でありながら非常に落ち着いており、さらには息子が継がなかった青色の目を持っている。
……元々繊細で心配性の王妃は、ディアドラが息子に取って代わることを恐れた。
もしこのまま息子がぱっとしないままでディアドラが賢い女性に成長したら、姪に王位を奪われるかもしれない。冴えない王子より、賢くて王家の青い目を持つ男爵家の姫君の方が王にふさわしいと思う者が出てくるかもしれない。
だから王妃は、息子を守るためにディアドラを消すことにした。
あと十日もすれば、ルークが帰ってくる。彼が帰ってくるとディアドラを狙う難易度が上がりそうだから、それまでに決着をつける。幼い子どもが突然死することは珍しくないから、自然死を装うために体に毒を流し込むよう命じた。
だがカミラが乱入したことにより、毒殺ができなくなった。王妃からの命令は「ディアドラ・ベレスフォードの抹殺」だったために手先の者たちも迷ったが、カミラが邪魔をするなら彼女もろとも消すべきだと思い、非常用に持っていた魔道具を使った。
使用を禁じられている魔道具を持たせるほど、王妃も心の余裕がなかったようだ。ディアドラもカミラも殺すつもりで投げられた魔道具だが効果を浴びたのはカミラだけで、結果としてカミラは肌から艶が消えて体が石のように硬くなった。
石化、という診断が正しかったのかどうかは、誰にもわからない。
だが固まってしまったカミラの腕からディアドラを救出したところ彼女の体には何の異常もなく、またカミラの衣服も柔らかいままだった。おそらく魔道具によってカミラの体のみが石のように固まってしまったのだろう、ということだった。
魔術自体がとっくの昔に失われているため、どうすればカミラの石化が解けるのか、誰にもわからない。そこでカミラの体を清潔な場所に寝かせ、自然に魔術が解けるのを待つしかない、ということになった。
コックも庭師もメイドも執事も、男爵家に仕えてくれた使用人たちだ。皆年は取っているが、見間違えようもない。
「奥様! ああ、本当にお目覚めになるなんて……!」
「使用人一同、奥様のお目覚めを心よりお待ちしておりました」
「旦那様もきっと、お喜びになるでしょう!」
笑ったり叫んだり泣いたり忙しい使用人たちを前にカミラが目を白黒させていると、カミラの腕にしがみついていたディアドラが微笑んだ。
「皆、お母様とお会いできるのを楽しみにしていたのです。私も……それに、お父様も」
「……あ、あなたは本当に、ディアドラなの? 私のかわいいディアなの?」
ひっくり返った声で美少女に問うと、彼女は黒灰色の髪を揺らしてうなずいた。
「はい、十五年前にお母様が守ってくださった、ディアドラです。……何がなんだかわからなくて、混乱されているでしょう。さあ、どうぞこちらへ」
ディアドラに促されて、カミラはリビングに向かった。そこで待っていると、かつてカミラの身仕度を手伝ってくれたメイドが目を真っ赤に腫らしてお茶を持ってきてくれた。当時は少女だった彼女も、もう立派な大人になっている。
「……私もお母様に言いたいことがたくさんありますが、まずはお母様の身の回りに起きたことをご説明しますね」
お茶を飲みながら、ディアドラが言う。
……彼女の説明によれば、カミラがディアドラを庇って倒れたあの日から、実に十五年もの歳月が流れているようだ。
あの日ディアドラを狙っていたのは、王妃の手先だったという。晩餐会の日、ジェラルドが青い目を持つディアドラに興味を持っていることに気づいた王妃は、笑顔の裏で戦慄していた。
ジェラルドと王妃の間には、王太子がいる。彼は決して無能ではなかったが、おっとりと優しくて勉強もそれほど好きではなかった。愛嬌があるので皆に愛される王子だったが、息子が今ひとつ冴えないことに王妃はやきもきしていた。
そんな折、カミラが姪のディアドラを連れてきた。ディアドラは一歳でありながら非常に落ち着いており、さらには息子が継がなかった青色の目を持っている。
……元々繊細で心配性の王妃は、ディアドラが息子に取って代わることを恐れた。
もしこのまま息子がぱっとしないままでディアドラが賢い女性に成長したら、姪に王位を奪われるかもしれない。冴えない王子より、賢くて王家の青い目を持つ男爵家の姫君の方が王にふさわしいと思う者が出てくるかもしれない。
だから王妃は、息子を守るためにディアドラを消すことにした。
あと十日もすれば、ルークが帰ってくる。彼が帰ってくるとディアドラを狙う難易度が上がりそうだから、それまでに決着をつける。幼い子どもが突然死することは珍しくないから、自然死を装うために体に毒を流し込むよう命じた。
だがカミラが乱入したことにより、毒殺ができなくなった。王妃からの命令は「ディアドラ・ベレスフォードの抹殺」だったために手先の者たちも迷ったが、カミラが邪魔をするなら彼女もろとも消すべきだと思い、非常用に持っていた魔道具を使った。
使用を禁じられている魔道具を持たせるほど、王妃も心の余裕がなかったようだ。ディアドラもカミラも殺すつもりで投げられた魔道具だが効果を浴びたのはカミラだけで、結果としてカミラは肌から艶が消えて体が石のように硬くなった。
石化、という診断が正しかったのかどうかは、誰にもわからない。
だが固まってしまったカミラの腕からディアドラを救出したところ彼女の体には何の異常もなく、またカミラの衣服も柔らかいままだった。おそらく魔道具によってカミラの体のみが石のように固まってしまったのだろう、ということだった。
魔術自体がとっくの昔に失われているため、どうすればカミラの石化が解けるのか、誰にもわからない。そこでカミラの体を清潔な場所に寝かせ、自然に魔術が解けるのを待つしかない、ということになった。