恋するわたしはただいま若様護衛中!
第四章 若様と夏祭り


 あっという間に二週間が経ち、夏休みが間近に迫った週末。
 午後六時に、籐黄神社の鳥居前で待ち合わせしようということになっていた。
 西の空にはまだ太陽が少し見えていたけれど、東の空には星も見えていた頃。
 先に沙知と合流していた私は、緊張しながら待ち合わせ場所に向かう。

「紅葉ぃ〜、浴衣着ようって言ったのに!」
「だって浴衣って動きにくいし、普段と違う格好は恥ずかしいよ……」
「まったく。伊吹に紅葉の浴衣姿見てもらう大チャンスだったのにな」

 白生地に可愛い紫の花がたくさん描かれた浴衣を着る沙知が、残念そうに話す。
 私も直前までは浴衣を着ようかと迷っていた。けれど、浴衣を着てしまうと動きにくいし早く走れなくなる。
 万が一伊吹に危険が迫った時、充分に守ることができない。
 だから浴衣を着られない代わりに、精一杯オシャレしようと思って選んだ服を着てきた。
 沙知の浴衣に合わせたラベンダー色のフレアスリーブシャツと、デニムのショートパンツ。

「私なりに頑張ったから、これで勘弁して〜」
「わかってる。私もわがまま言ってごめん。今日の紅葉もめちゃくちゃ可愛いから自信持って!」

 沙知に励まされて安心した。
 みんなと合流した時の伊吹の反応は怖いけれど、沙知が自信をくれたから大丈夫。

 籐黄神社は、木が生い茂った小高い丘の上にある。
 麓に鳥居があり、長い石段を登ると参道や境内が見えてくる。
 屋台が立ち並び、人の往来があるのは麓の周辺。
 待ち合わせ場所に近づいてくると、徐々に人口密度が高くなってきた。
 そうして鳥居前に到着した時、すでにほとんどの参加メンバーが集まっていた。
 そこには友達と談笑している伊吹の姿もあったのだけれど。
 なんと藍色の浴衣を着ていて、素足に下駄を履いていた。
 はわ! 伊吹の浴衣姿! めちゃくちゃ似合ってる……!!
 私はそう心の中で叫んだ。
 そして伊吹だけが特別輝いて見えるのは、私が片想いをしているからなのか。
 いや、周囲の見知らぬ女子たちの視線も伊吹に向いている気がする。
 ますます伊吹ファンが増えるんだろうなと予感した。 

「お待たせー!」

 沙知が物怖じせず輪に入っていき、クラスの男子に浴衣を褒められていた。
 その後ろをついていった私は、不意に伊吹と目が合う。
 瞬間、伊吹は驚いたような目をして私を見つめたまま無言になった。

「……? こんばんは……伊吹?」
「え! あっ……ご、ごめん……」

 呼ばれてハッとした伊吹は、顔を背けて首根をかく。私にはその行動が、何かを誤魔化すためのように見えた。
 もしかして私の今日の服装は、やっぱり伊吹の好みではなかったのかな?
 もっと大人っぽい方が良かった? それとも浴衣の方が好き?
 いずれにしてもコメントに困ったことに変わりなくて、私は不安を抱いてしまう。
 地面に視線を落としていると、後ろから雛菊さんの声がした。

「お待たせしてごめんね〜」

 長い髪の毛を色っぽくアップにして、浴衣を着ている雛菊さんが笑顔で立っていた。
 藍色生地に白の雛菊が描かれた、高級そうな浴衣。
 伊吹と同じ藍色の浴衣だから、もしかして事前に示し合わせたのかもしれないと勘繰った。

「雛菊さん! 浴衣めちゃくちゃ似合ってる!」
「ありがとう。母が私の名前に合わせてオーダーメイド注文してくれたの」
「それで雛菊の浴衣なんだ、すげー!」

 クラスの男子たちは、美しい雛菊さんを褒め称えた。
 他の女子たちも興味津々で、あっという間に注目の的となる。
 さすがご令嬢であり学園のマドンナ。感心していると、私の隣に伊吹がぴたりと立った。

「紅葉、さっきは変な態度とってごめんね」
「っ、いや、大丈夫……」
「紅葉がいつもと雰囲気違ったから、ドキッとしちゃって」

 伊吹の言葉に、私の思考が停止する。
 こんな私でも伊吹をドキッとさせることができたんだと知って、少し嬉しくなった。

「……あ、ありがと。あまり自信なかったから、良かった……」
「紅葉はもっと自信持ちなよ。だって――」

 言いながら、伊吹が私の耳元で囁いた。

「今日、一番可愛いんだから」
「っ⁉︎」

 心臓を鷲掴みされたような衝撃を受けた。顔の中心に熱が集まってくる。
 私の心を乱す言葉を発した伊吹は、不敵な笑みを浮かべてスッと離れていった。
 雛菊さんのところに行くのかなと思ったけれど、他の男子と会話をはじめる。
 好きすぎて、胸が痛い……!
 私だけに囁かれた言葉が、まだ耳に残っている。
 一体、伊吹はどういうつもりで私のことを可愛いと言ったのだろう。
 謎は深まるばかり。けれど嬉しくて楽しくて、すでに今日の夏祭りに参加できたことを感謝した。


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