恋するわたしはただいま若様護衛中!


 家族連れから高校生くらいのカップルもいて、神社周辺は大いに賑わっている。
 そんな中、集まったクラスメイトのみんなで屋台を回っている。
 たこ焼きや焼き鳥の他にも、定番のりんご飴や色つきわたあめも確認できた。
 ふわっふわのわたあめが作られていく様子に、私が見惚れてしまっていると――。

「わたあめ好きなの?」
「っ、伊吹!」
「買う?」

 笑顔の伊吹がそばにいて、私の心臓が飛び跳ねた。
 けれど伊吹はいつも通りに話してくるから、私もなるべく平常を保とうと気持ちを落ち着かせる。

「好きだけど、一人で一個は食べきれないから……」
「じゃあ俺も一緒に食べるよ」
「……え!」
「おじさん、わたあめ一つください」

 私が戸惑っている間に、伊吹は屋台のおじさんにお金を渡していた。
 活気あふれるおじさんは「あいよ! 何色がいい?」と尋ねてくる。

「紅葉、何色にする?」
「あ……えと、ピンクで……」

 ピンクは、伊吹と初めて出会った桜の季節を思い出すから好き。
 そんな理由で選択したとは知らない伊吹は、屋台のおじさんからピンクのわたあめを受け取った。

「伊吹、お代金……」
「いいよいいよ。俺が紅葉に食べて欲しかったから」
「っ……!」

 今日の伊吹はよく笑う。そんな気がして嬉しくなってくる。
 私も笑顔で応えると、あることに気がついた。

「あれ……? みんなは?」
「もしかして先に行っちゃったかな。逸れちゃったね」

 わたあめを購入している間に、どんどん歩き進んでいたらしいクラスメイトのみんな。
 私は一声かけなかったことを反省した。だけど伊吹は焦ることなく、私を安心させる言葉をかけてくれた。

「そのうち合流できるよ。ゆっくり歩いていこ?」
「う、うん」
「じゃあ、俺がわたあめ持つから、紅葉食べていいよ」

 わたあめを差し出してきた伊吹。私が指先でわたあめを摘み、ちぎれた部分を口に運ぶ。
 ふわっふわのわたあめが、口の中で優しく溶けていった。

「甘い〜」
「はは。紅葉が幸せそうな顔してる」
「うん、幸せ〜」

 頬に手を添えて感動していた私。それを見守るように、伊吹の眼差しが向けられる。
 おかしいな。普段は私が伊吹を陰から護衛しているのに、今日は距離が近くて錯覚してしまう。
 伊吹と一緒にいるのがとても楽しくて、もう少し二人きりの時間が続いてほしい――。
 なんて、勝手な欲が出てしまいそうになった。
 伊吹を困らせてしまうから、絶対に言葉にしてはいけないけれど。

「歩きながら食べるのもお祭りって感じがするよね」
「そ、そうだね」

 続いてわたあめを食べた伊吹が、周囲のお祭り風景に目を向ける。
 私はその横顔を、伊吹にバレないように見ていた。
 不意にこちらを向いた伊吹が、何やら私の口元を見て微笑む。

「紅葉、ピンクの髭が生えてる」
「え……ええ⁉︎」
「とってあげる」

 おそらく口元に、ピンクのわたあめが髭のようについていたのだろう。
 恥ずかしすぎて慌てる私に、伊吹はそっとハンカチを近づけてきた。
 ――ちょんと、唇に触れる。

「はい、きれいになった」
「あ……ありがと……」
「紅葉、顔真っ赤だよ」
「だ、だって! 恥ずかしかったから……」

 自分でもわかるくらいに頬が熱い。
 それでも伊吹は優しくスマートに対応してくれた。
 汚れたはずのハンカチを袖口に戻し、私に合わせてゆっくりと歩いてくれる。
 私の心臓は、ドキドキを通り越してギュンギュンと締められるように苦しかった。
 その時、ただならぬ視線を感じた。瞬間、伊吹を目掛けて何かが飛んでくる。
 私の中の血が騒ぎ、瞳は護衛モードに切り替わった。瞬間、光の速さで左腕を伸ばす。
 飛んできた何かをパシッと掴み取って、伊吹に勘づかれないよう会話を続けた。

「伊吹は、他に食べたいものないの?」
「そうだな〜、食べ物よりは射的したいな」
「なるほど、遊ぶ系だね」
「うん、紅葉と一緒なら楽しめそうだから」

 少し照れたような表情で、伊吹が私に微笑みかける。
 私も、伊吹と一緒ならなんでも楽しい。そう素直に言えたらいいのに。
 夢のような時間だったけれど、あっという間に現実へと引き戻された。

「いたいた! 伊吹ー! 紅葉ー!」

 クラスメイトの男の子が、はぐれた私たちを見つけて呼びかけてくれた。

「合流できたね」
「あ、うん……」

 けれど伊吹の横顔は、少しだけ残念そうにもしていた。
 そうしてクラスメイトと合流したけれど、私はこっそりと自分の左手の拳を開いて確認した。

「……コルク……?」

 先ほど伊吹を狙って飛んできたのは、射的用の玉として使われるコルクだった。
 とても小さなものだけれど、高スピードで当たったら怪我をする。
 伊吹に当たらなくて良かったと心底思ったと同時に、違和感を覚えた。
 私が今まで伊吹を護衛している時は、自然的に起こった危険や危機がほとんど。
 けれど今回の件は、明らかに人為的な匂いがした。

「誰かが、伊吹を狙ってる……?」

 私は嫌な予感がして、胸をざわつかせた。


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