恋するわたしはただいま若様護衛中!


 公会堂から私の家までの道のりを、伊吹と並んで歩く。
 白のTシャツにデニムパンツという私服姿の伊吹も、一際目立つしかっこいい。
 すれ違う女の子たちが伊吹へと視線を向けるたびに、隣を歩く私は肩身が狭くなる。

「さっき撮った写真、俺もほしいな」
「え? 袴姿の?」
「うん……紅葉も写ってるでしょ?」

 そう言って自分のスマホを取り出した伊吹が、連絡先のQRコードを見せてきた。
 これは、伊吹と連絡先交換するってこと?
 驚いた私は、緊張と喜びで手汗をかいた。

「これ、俺の連絡先だからちゃんと登録しておいてね」
「っ……、うん。じゃあ、ここから写真、送る……」

 道端で立ち止まった私たち。伊吹のスマホ画面に表示されたQRコードを読み取って、連絡先を登録した。
 すぐに写真を送ると、伊吹のスマホにピコンと通知音が鳴る。
 写真が無事届いたのか、画面を見ながら伊吹が嬉しそうに微笑んだ。

「……ありがとう」

 そんなに喜んでくれるなら、やっぱり伊吹のワンショットの方が良かったかな。
 私が写り込んでしまっているから、少し恥ずかしいし。
 切り取りでも一部削除でも、なんでもしてくださいと心の中で願った。

「紅葉の写真、初めてゲットできて嬉しい」
「へ? ……私⁉︎」
「うん。待ち受けにしたいくらい」

 私の反応を確かめるように、伊吹がニコリとしながら話してくる。
 そんな写真を待ち受けにしたら、雛菊さんやその他の伊吹好きな女子に恨まれる! 

「そそそれは! 恥ずかしいし怖いから困る!」
「はは、冗談だよ。俺と紅葉だけの秘密にしよっか。……怖いって何?」
「あ、いや……こっちの話……」

 自分が中等部で一番モテていることに気づいていない伊吹が、不思議そうな顔で問いかけてくる。
 それを私はうまくかわして再度歩きはじめた時、伊吹が唐突に呟いた。

「……本当は、紅葉とちゃんと話がしたかったんだ」
「え、私?」
「うん。夏祭りで花火を見ながら話したこと。ずっと気になっていて……」

 言いながら、伊吹は切なげな表情で私を見る。楽しい雰囲気が一気に深刻な空気となった。

「捉え方によっては、迷惑だったとか嫌だったとかに聞こえるから。紅葉がそう思っていたらどうしようって心配だった」
「……え?」
「違うよ? 紅葉が俺を気にかけてくれていたことも、陰から支えてくれていたことも本当に嬉しいんだ。でも、やっぱり紅葉を危険にさらしたくないから……あんな言い方しかできなかった」

 伊吹は、どこか後悔しているように話していた。
 私を気遣ってくれているのが伝わって、なんだか胸が苦しくなる。
 私なんかのために、そんなに思い詰めないでほしいと思った。

「今日、また紅葉に助けてもらって……自分では防ぎようがないこともあるって理解したよ」
「伊吹……」
「だから今後も、危なくない程度に俺のこと、支えてもらってもいいかな?」

 それは、伊吹公認の護衛再開話だった。
 今まで伊吹の周りをコソコソと護衛していたけれど、これからは堂々とできるということ?
 願ったり叶ったりなのでは⁉︎

「やる! やります! 伊吹のことは私が守るから!」

 嬉しくなった私は、挙手しながら伊吹に迫ってしまった。驚いた表情の伊吹を目の前にして、ハッと我に返り縮こまる。
 そんな感情の起伏が激しかった私を、伊吹は笑って迎えてくれた。

「あはは、すごいやる気! じゃあ、これからもよろしくお願いします」
「うん! こちらこそ」

 伊吹に護衛許可をもらった私は、変にテンションが高くなった。
 嬉しくて楽しくて、大好きな伊吹を護衛できることを何より喜んだ。

「忍者の末裔には敵わないだろうけれど、俺もできる限り紅葉のこと守りたいんだ」
「……え?」
「だから、そばを離れないでね」

 不適な笑みを浮かべた伊吹は、突然私の手を取った。
 そうして手を繋いだまま歩きはじめる。

「あ、あのね! 家すぐそこだから、見送りはこの辺でいいよ」
「だめだよ、そばを離れないでって言ったでしょ? 紅葉の家はどっち?」
「え、えっと、右です……」

 私が答えると、分かれ道を右に曲がった伊吹。
 離れないで。というのは、こういう意味なの? 
 伊吹と繋がった手を見つめていると、私の顔の熱が上昇していった。
 それに、伊吹の豪華な自宅を知っているから、平凡な私の家を見られるのも気が引けた。
 伊吹の性格上、そんなことは気にしないってわかっているけれど……。
 私が色々考えていると、伊吹がポツリと呟いた。

「……父さんに“自宅まで”って言われているし。紅葉をちゃんと送り届けたいから」
「っ……まるで私が護衛されてるみたい」
「はは。そうだね、たまにはいいんじゃない?」

 春鳳さんの言いつけを守ろうとしている伊吹は、本当に真面目だなと思う。
 そして、私のことを女の子扱いしてくれているのも、恥ずかしいけれど嬉しくもある。
 なかなか顔の熱が引かない中、そっと隣の伊吹の顔を見た。
 すると、伊吹の頬も少し赤くなっているように見えて、ドキッとする。
 胸の奥がむず痒くて、だけど幸せなこの時間は、夏休み中の良い思い出になった。


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