恋するわたしはただいま若様護衛中!


 なんだろうと思ってステージ上を見ると、複数のスポットライトがぶら下がっていた。
 その内の一つのスポットライトが、ネジの緩みでグラグラしていることに気がつく。
 真下には、何も知らない伊吹がいた。
 「危ない!」と声をかける間も無く、バチン!とネジが完全に外れてしまう。
 瞬間、私の中の血が騒いで、考えるよりも先に足が勝手に動いていた。
 ステージ袖から飛び出し、伊吹へと突進する。

「っ⁉︎」

 タックルするように伊吹の体に抱きつき、倒れ込むようにして反対側の袖まで移動した。
 私が振り向くと、先程まで伊吹が立っていた位置にスポットライトが落下して、ガシャアアン!と大きな音を立てる。
 ステージ上にいたはずの伊吹は消え、代わりに割れたスポットライトが転がっていた。

「はぁ、はぁ……」

 間一髪。もう少し判断が遅かったら伊吹は大怪我していたかもしれない。
 そう思ったら、恐怖で手の震えが止まらなくなった。

「……も、紅葉……⁉︎」
「っ⁉︎」

 伊吹が名前を口にして、私の手にそっと手を重ねてきた。
 会場にいるはずのない私の存在に気づいて、困惑しているような顔を浮かべている。
 バレた!という気持ちと、恥ずかしい気持ちで私の顔が熱くなっていく。
 さらには今の二人の体勢が、私から一方的に伊吹の体に抱きついている状況だった。
 慌てて伊吹と距離をとり、深々と頭を下げた。

「ごご、ごめん! また勝手にこんなことした……!」
「……いや、そうじゃなくて、どうしてここに――」

 すると伊吹の声を遮るように、春鳳さんの声がマイクを通して会場に響いた。

「一旦講演を停止します! 観客の皆様はその場で待機ください!」

 会場がザワザワしている中、春鳳さんやスタッフの人たちがスポットライトの落下地点に集まってくる。
 ステージ上は、物々しい空気が漂っていた。

『もう危険なことはしないって約束して』

 伊吹との約束を簡単に破ってしまった。きっと今の伊吹は私に失望しているだろうな。
 伊吹に顔向けできなくて、私は今のうちに退散しようと決めた。
 そっと立ち上がってステージに背を向けたとき、パシッと手を掴まれる。

「え……⁉︎」
「紅葉、行かないで」
「っ……!」

 まるで離れてほしくないような伊吹の瞳に、私の足が止まる。
 そこへ春鳳さんが駆けつけてきて伊吹を心配した。

「伊吹! 怪我はないか?」
「はい。紅葉が助けてくれました」
「……紅葉?」

 春鳳さんは不思議そうに私を見る。それもそのはず、私は本来ここにいてはいけない人間。
 すると伊吹のお母さんもやってきて、私の心配をしてくれた。

「紅葉ちゃんは怪我してない⁉︎」
「はい、大丈夫です……」
「びっくりしちゃった。大きな音がしたと思ったら伊吹も紅葉ちゃんもいなくなっていたから……」

 安堵の表情を浮かべる伊吹のお母さんに、私も少しだけホッとした。
 そして伊吹のお母さんは、春鳳さんに私のことを説明する。

「紅葉ちゃんは伊吹の大切なお友達だから、私が誘ったのよ」
「そうだったのか。紅葉さん、息子を助けてくれてありがとう」

 春鳳さんと伊吹のお母さんが揃って私に頭を下げる。
 恐れ多くて、なんと返事をしたら良いのかわからなかった。
 そんな私を察したのか、伊吹が春鳳さんに声をかけた。

「俺の仕事は終わったので、紅葉と抜けてもいいですか」
「え? ああ、構わない。ご自宅まで送ってあげなさい」
「はい。紅葉、行こうか」
「え? あ、あの……!」

 戸惑う私の手を取ったまま、伊吹はステージ袖から裏の通路へと抜けた。
 無言で歩く伊吹に、私も少し不安になる。
 “控え室”と書かれたドアの前で、やっと伊吹が立ち止まった。

「……自分の身は自分で守る」
「え?」
「――って言っておいて、情けないな」

 私に背を向けたまま話していた伊吹が、ゆっくりと振り向く。

「紅葉がいなかったら、俺は今頃病院に運ばれていたと思う」
「伊吹……」
「本当にありがとう。紅葉は俺の命の恩人だ」

 そう言って伊吹が優しく微笑んでくれた。それだけで、私の中の不安や苦悩は消えていく。
 夏祭りで生まれたモヤモヤした霧が、ゆっくりと晴れていった。

「私が勝手にしたことだから……。でも、伊吹に怪我がなくて本当に良かった」
「うん。俺も、紅葉に怪我なくて安心した……」

 言いながら、伊吹は私をじっと見つめる。
 その熱い視線に、心臓がドキドキして止まらない。

「……あの……?」
「あ、ごめん。着替えてくるからここで待っててくれる?」
「え⁉︎」

 思わず声を出してしまって、伊吹が首を傾げる。
 貴重な伊吹の袴姿が、もう見られなくなってしまう。
 目に焼き付けておきたいと思っていると、伊吹がある提案をしてきた。

「……写真、撮る?」
「えっ! いいの?」
「もちろん」

 伊吹が嫌な顔ひとつせずに快諾してくれた。
 私はウキウキしながら、ショルダーバッグからスマホを取り出す。
 それをかざすと、突然伊吹が私の肩を掴んで抱き寄せた。

「へあ⁉︎」
「せっかくだから一緒に撮ろうよ」
「いや、私は……っ」

 嬉しそうな伊吹の顔を見てしまうと、断ることができない。
 私は緊張しながらも、伊吹との初めてのツーショットを撮ることになった。


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