恋するわたしはただいま若様護衛中!
第二章 若様のお屋敷
六月に入り、衣替えの季節となった。
久々に半袖のセーラー服を着た私は、相変わらず伊吹を密かに護衛する日々を送る。
下校時間を迎えて、沙知とは校門前で別れた。
一人で下校している時、空に目を向けると電線に一羽のカラスが止まっている。
「ん? どこかで見たことような……?」
カラスなんてどこにでもいるのに、私が見たカラスはなぜか見覚えがあった。
そうしてハッと思い出す。あれは以前、登校中の伊吹を襲おうとしたカラスだと。
「まさか、伊吹を待ち伏せしている?」
たまたまこの場所で羽を休ませていただけかもしれないけれど、つい警戒してしまう。
私が立ち止まって様子を見ていると、カラスは威嚇するように「カー!」と鳴き声をあげた。
ここで怯んではいけないと思った私は、カラス相手に睨みをきかせる。
人間とカラスの無言の戦いが続いた時、カラスがバサバサと飛び立った。
「あ! 逃げる気ね⁉︎」
山に帰るところを見届けるまでは安心できない。
私は飛んでいくカラスを必死に追いかけた。
自宅とは逆方向の住宅街に突入して、曲がり角にさしかかる。
その瞬間、ドン!と何かに体当たりして、私はその場に尻餅をついてしまった。
「いたた……」
そう、私は伊吹が関わっていない危険や危機は、全く察知できない忍者の末裔。
自分の情けなさに反省して顔を上げると、目の前には他校の制服を着た男の子が二人立っていた。
体が大きいので、多分上級生かもしれない。
一人は髪を明るく染めて襟足が長く、もう一人は短髪で猫のような吊り目をしていた。
いかにもヤンキー風な男の子たちに体当たりしてしまったらしい。
「おいおい、あぶねーだろ!」
「ご、ごめんなさい。急いでいて……」
私は慌てて立ち上がり、内心ヒヤヒヤしながら丁重に謝罪した。
けれど、ヤンキー風な男の子たちは納得していない様子。
襟足が長い男の子は、私とぶつかった腕を押さえながら報告してくる。
「痛てぇなぁ、腕の骨折れてるかもなぁ」
「え……? 折れるほど強くはぶつかっていませんけど」
「うるせーな、痛ぇもんは痛ぇんだよ!」
言いがかりをつけて、私を見下ろしてくるヤンキー二人。
ここで負けてはいけないと、私も毅然な態度でヤンキー二人を見つめた。
すると、吊り目の男の子が意外なことを口にする。
「おまえ、よく見ると可愛い顔してんじゃん」
「……はい……?」
「本当だ。なぁ、俺たちと遊んでくれたら不問にしてやるよ」
そう言って襟足が長い男の子に手首を掴まれた。
すぐに振りはらおうとしたけれど、男の子の力が強くて簡単には離してもらえない。
しかもグイグイ引っ張られると、踏ん張っているはずの私の足が勝手に地面を滑る。
どうしよう、暴力はよくないけど……正当防衛なら許される?
自分の危機は自分で対応しなくちゃ。ヤンキーたちを成敗する決心がついて、私は拳を握った。
「紅葉!!」
「っ⁉︎」
その時、聞き覚えのある声が私の名前を呼ぶ。
振り返ると、慌てた様子でこちらに走ってくる伊吹がいた。
「い、いぶ――」
「何やってるんですか!」
言いながら私の手首を掴むヤンキーの手を、無理やり解いた。
そして私を庇うように、伊吹はヤンキーたちに立ちはだかる。
いつもの優しい印象からは想像つかない。今の伊吹は焦りと困惑でいっぱいのように見えた。
「同級生の登場か? 俺たちは被害者なんだけどなー」
「……被害者?」
「この女の子がぶつかってきたんだよ。それを許すかわりに一緒に遊ぼうとしてただけ」
襟足が長い男の子は、先ほどの出来事を伊吹に説明する。
それを聞いて状況を理解したのか、伊吹はちらりと私を見た。
「……紅葉、怪我はない?」
「う、うん……」
「良かった」
背後に匿う私の返事を聞いて、伊吹は安堵したような表情をする。
そして二人のヤンキーに向かってはっきりと告げてくれた。
「あなたたちに紅葉は渡せません。お互い様ということで和解しませんか?」
「伊吹……」
力技でこの場を切り抜けようとしたのに、伊吹は逃げずに向き合っている。
私を、普通の女の子として守ってくれている。
どこまでも真面目で正直で正義感あふれる伊吹に、胸を打たれた私は顔が熱ってきた。
こんなの、キュン、だよ!
今までよりももっともっと、恋に落ちていくのがわかる。
私が胸を押さえてキュンに耐えていると、吊り目の男の子が伊吹の顔をじっと見た。
そして何かを思い出したようにハッとする。