恋するわたしはただいま若様護衛中!


「こいつ! 有名書道家の息子、二之宮伊吹だ!」
「は……? あのでっかい屋敷のボンボンか⁉︎」

 話を聞いて、襟足が長い男の子も目を丸くして驚いているようだった。
 けれど今度はその目が何かを企むように光って、手のひらを差し出してくる。

「なるほど……。じゃあ金くれたら許してやるよ」
「……そういうの、よくないです」
「中学生が俺らに説教すんじゃねぇ」

 何を言われても、伊吹は動じずに堂々としている。対してヤンキーたちは、苛立っているように見えた。
 すると突然、吊り目の男の子が拳を振り上げる。

「痛い目みないとわかんねぇらしいな」

 明らかに伊吹を傷つけようとしている行動。常に伊吹を守りたいと思う私の、忍者の血が騒いだ。
 ……伊吹には絶対触れさせない!
 伊吹の背後で庇われていた私が、サッと前に出る。
 そして伊吹を守るため、ヤンキーの拳を素手で受け止めようとした時。
 ピカッと空が光って大きな雷鳴が響き渡った。
 同時にポツリポツリと雨が降ってきて、地面と私たちを濡らしていく。

「くそ! もう行くぞ!」
「ああ!」

 ヤンキーたちは私と伊吹に背を向けて、雨の中を走り去っていった。
 助かった、というよりは悔しさが込み上げていた私。
 けれど伊吹は、ほっとしたように息を吐いて私に尋ねる。

「紅葉、折り畳み傘持ってる?」
「っ……ごめん。持ってない」

 私が正直に答えると、突然伊吹が手を繋いできた。

「ひぇ⁉︎」
「走るよ!」

 そう言って伊吹は私の手を引っ張りながら全力疾走する。
 どこへ向かっているのか全くわからなくて、私はただただ困惑していた。
 その間も雨脚はどんどん激しくなっていく。
 築地塀に沿って二分くらい走った頃、屋根付きの門前で伊吹が立ち止まった。
 ここで雨宿りするのかと察した私も、隣に立って肩についた水滴をはらう。

「ごめんね、急に走ったりして」
「……大丈夫……」

 伊吹と二人きりなんだと思ったら、緊張して一言しか出てこなかった。
 でも、助けてくれた伊吹にお礼を伝えたくて、私がそっと顔を上げる。
 すると髪が濡れて普段より色っぽくなっている伊吹が目に入った。
 な、なんというお姿――⁉︎
 イケメンがさらにイケメンになったように煌めいていて、直視できない。
 サッと視線を逸らした私に、伊吹が優しく声をかける。

「紅葉も、結構濡れちゃったね」
「へ?」

 言いながら伊吹の手が私の髪に触れて、じっと見つめてきた。
 緊張と戸惑いで私の口は開いたまま。顔に熱が集まっているような感覚に襲われる。

「あ……だ、大丈夫……っ」
「いや、風邪ひいちゃうよ。ちょっときて」
「え?」

 伊吹は誰の家かもわからない門を開けて、中へと侵入していく。
 私は慌ててその背中を呼び止めた。

「ま、待って! え? まさかこの家って……」
「安心して、俺の家だよ」

 伊吹の家……⁉︎
 理解した私が周囲を見渡す。
 石畳が続いている先に、まるで江戸時代のお屋敷のような大きな二階建ての家。
 広い庭には松の木や灯篭、池が確認できた。
 まさにお金持ちのお家、ここだけ別世界のように感じた私がさらに慌てふためく。

「ちょ、家にお邪魔するの⁉︎」
「うん。タオル取ってくるから雨止むまで休んでいきなよ」
「だ、だめだよ! そんな……!」

 いきなり伊吹の家にお邪魔するなんて、想像もしたことない私が焦る。
 家の人は? 家族の人が不在だったら、家に二人きり――?
 それはますます、お邪魔するわけにはいかないよ!
 でも伊吹は親切心からそう言ってくれているのに、警戒心丸出しで断るのも悪い気がしてきた。
 そんな葛藤を抱える私に気づいたのか、伊吹が求めていた答えをくれた。

「――あ! 心配しないで。家には母とお手伝いさんがいるし、もう少ししたら書道教室の生徒さんもくるから!」
「あ……そ、そうなんだ。はは……」
「うん、そう……」

 一人で変なことを考えてテンパったことが恥ずかしい。
 だけど伊吹も、いつもより早口だったように思えて、私がその様子を窺う。
 少しだけ伊吹の頬が赤くなっていた気がして、私もつられて顔が熱くなった。
 木製の引き戸をガラッと開けて、伊吹が中へと招く。

「どうぞ」
「お邪魔します……」

 私は軽くお辞儀をして、そっと玄関内に足を踏み入れた。
 木の匂いが立ち込めた広い玄関。
 毎日ここに帰ってきていると思うと、伊吹が“若様”と呼ばれる理由もわかる。

 伊吹のお父さんは、有名書道家の二之宮(にのみや)春鳳(しゅんほう)さん。
 個展を開いたり、企業から依頼を受けて商品のロゴを作ったりしている超有名人。
 以前、私のお父さんが買ってきた日本酒にも、伊吹のお父さんが作ったロゴが描かれていた。
 伊吹のお母さんは書道教室を開いていて、生徒さんたちに字の楽しさを教えているらしい。
 こちらも評判がよくて定員オーバーとなり、待ちの生徒さんがいるという噂もある。

 そんな書道一家の次男として生まれた伊吹は、誰がどう見ても御曹司。
 一般庶民の私が片想いしたところで、叶うはずもない。
 学園マドンナの雛菊さんのようなご令嬢でないと、釣り合いが取れない。
 なんて考えていると、すでに家に上がっていた伊吹に声をかけられる。


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