恋するわたしはただいま若様護衛中!


 昼休みを経て、眠気と戦う五時間の授業は日本史。
 歴史担当の大柄な先生が、熱心に戦国時代の話をする。そんな中、窓際の一番後ろ席の私の視線は斜め前にあった。
 片想い中の伊吹が座り、真面目に先生の話聞いていたからだ。
 伊吹の真剣な横顔を見つめて、私は口角を緩める。
 すると、その様子を先生に気づかれてしまう。

「上田ー? そんなにニマニマしてどうした?」
「え⁉︎ あ、いえ……」
「そうかそうか、そんなに先生の話が面白いかー! ハハハ!」

 先生が大きな声で笑うと、周りのクラスメイトもくすくすと笑う。
 もちろん伊吹も振り向いて微笑んでいたようだけど、私は恥ずかしくて直視できなかった。
 そして先生の熱弁はさらに続いた。

「この時代は、あの“忍者”も大活躍したといわれている。今や外国人の認知度も高い日本の忍者だが、その末裔は今も普通に生活しているんだぞ〜! すごいよなぁ」

 先生が嬉しそうに話していると、私も少し嬉しくなった。
 なぜなら、この私が“忍者の末裔”だから。

「忍者にはいくつも流派があり、特に伊賀と甲賀は聞いたことがある人もいるだろう」

 私は甲賀忍者の末裔だと聞かされている。
 と言ってもお父さんもお母さんも普通の人で、私だけがなぜか抜群に運動神経が良かった。

「今の時代も、夜になればどこかで忍者が暗躍しているかもな! ハハハ!」

 先生は話をしながらまた笑い声を上げた。楽しそうでなによりだ。
 私が忍者の末裔だということは、今のところ沙知しか知らない。
 末裔といっても、忍術や忍法が使えるということはない。
 ただ、他の人より運動神経が飛び抜けて良いことと、危機や危険を察した時に血が騒いで素早く動けることを実感している。
 そのおかげで、私は伊吹を陰ながら護衛することができている。
 平凡な私にそんな才能をくれた先祖に感謝。
 その時、伊吹が姿勢を変えようと動いた拍子に、机の上の赤いボールペンが肘に当たった。
 コロコロと机の上を転がる赤いボールペンが、床目掛けて落下していく。
 それを見逃さなかった私の血が騒いだ。瞬きよりも速い動作でそのボールペンをキャッチ。
 伊吹が落下に気づくよりも前に、机の上に戻してあげた。

「……?」

 少し不思議そうな顔をしていた伊吹だけど、赤いボールペンをとってペンケースに入れる。
 そして再び先生の話を聞き入っていた。
 よし、バレていない。
 こんなふうに、目の届く範囲で伊吹の安全を確保するのが日課になっている。
 入学して早々一目惚れしてからずっと、伊吹を護衛する任務を自分に課していた。
 同じクラスになってからは、その頻度がさらに増える。
 毎日、片想い中の伊吹を護衛できて私は幸せ者だ。
 晴れの日の登校時は、伊吹を襲おうとしたカラスを目力で追い払った。
 雨の日の下校時には、走行中の車から飛んできた水しぶきを傘でガードした。
 いずれも誰にも気づかれない素早さで、私は伊吹を全力で守ってきたのだ。
 まるでお城に住む若様と忍者という主従関係のように。
 面と向かうと緊張してしまうから、私はやっぱり陰からそっと伊吹を見ている方が性に合ってる。
 だって忍者の末裔だもの。
 そんな言い訳をして、自分の自信のなさや恥ずかしがり屋な一面を正当化した。


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