アステル! ~星成士たちとキラメキの祝祭~
 セルヴァン会長に続いて、職員室に着いた。
 とうぜんだけど、静かだ。
 いつもは、電話やら先生の話声が聞こえてくるのに、いまはシーンと静まり返っている。
 階段下の空間を見ると、やっぱりたくさんの荷物が置かれていた。
 段ボールや、ヒモで縛られた書類の山や、捨てる予定の教材たち。
 そんななかを、懐中電灯の光を当て、照らしだす。
 薄暗がりのなか、ぼんやりとシンプルなアルミのドアが見えた。
 ドアノブを回すと、ギイイ、と金属のきしむ音が、静かな廊下に響く。
「あ、開いてる……」
 背筋がぞわぞわするのを感じながら、懐中電灯であたりを照らす。
 そこは小さな部屋になっていて、へこんだ段ボールや、古いノート類が散らばっているけれど、それ以外は何もなく、ガランとしていた。
 部屋のすみに階段が、見えた。
 下へと続いているようだ。
「あれが、地下室への階段ですね。行きましょう」
「わたしが先頭を歩くよ。ふたりは着いてきて」
「陽菜」
 燐くんがつないだままの、わたしの手を引いた。
 わたしは、ニコっと笑った。
「……わかった」
 燐くんは何かをいいたげにしながらも、後ろに下がった。
 階段を降りはじめると、冷たい空気が下から登ってくる。
 懐中電灯の光を追うように、わたしたちはゆっくりと慎重に降りていった。
 最後の一段を、トン、と降りたとき。
 懐中電灯の灯りが、パアッと白く広がる。
 暗闇のなか、その心もとない灯りが、宝井中学の地下室を頼りなく浮かびあがらせた。
「――あなたたち、何してるの?」
「え?」
「ここ、カギかかってたはずなんだけど……?」
 暗がりのなか、ニコっとほほ笑んだのは、可児先生だった。
 授業のときに着ている、いつものラフなジャージすがたではなく、カッチリとした夜空色のスーツを着ている。
「どうして、ここに先生が……?」
「それは、こっちが聞きたいよー。あと、そこにいるのって――」
 可児先生があぜんとしている、わたしたちに向かって、指をさした。
「……セルヴァン会長ですかー?」
 へらっと笑う、可児先生。
 待って。いま、先生……『セルヴァン会長』って。
「あのときは、まんまと記憶生成術にかかっちゃいましたよお。でも、家に帰って、やっと気づきました。あれ、うちの会長じゃんって」
「……あなたが、時任家とつながりのある、うちの星成士だったんですね」
 セルヴァン会長が、可児先生を見下すように、顔をそらした。
「わたし、会長がずーっと祝祭を終わらせたがっていたのを知ってました」
「あなたは、祝祭が終わることを、受け入れられなかったんですね」
「当たり前でしょー。アステルは、今回の祝祭で……わたしを選んでくれなかった」
 ギロッ、と可児先生があたしを睨み付けてきた。
 可児先生のこんな顔……見たことない。
 課題を忘れちゃったときも、いつもニコニコ笑って許してくれた、可児先生が。
「ふふ、そうです逆恨みでーす。だから、時任にちょこっとアドバイスした。わたしがやったのは、それだけですよ」
 そのとき、ターン、ターンと、あたしたちが降りてきた階段から、誰かが降りてくる音が響く。
 静かにこちらへと、一歩一歩近づいてくる音に、思わず階段を見あげた。
 いったい誰が――。
 緊張から、息をつこうと姿勢をもとに戻すと、可児先生のすがたがなくなっていた。
「いつのまに……」
 とたん、暗い地下室の壁に、いくつもの光が灯りはじめた。
 照らされて、ようやく気づく。
 壁には明かりを灯すための、壁付け燭台が、数か所に備え付けられていた。
 空間は、赤い光で照らされ、あたりがよく見えるようになった。
 しかしいま、燭台には、火ではなく赤い光の玉が灯っている。
「これは……星成術で作られた光です。赤い導力の持ち主のものでしょう」
 セルヴァン会長の言葉に、わたしは心臓がドクンと跳ねた。
 足跡の主が、「ハッ」と鼻で笑った。
「可児に、地下室で『面白いものが見つかる』といわれて来てみれば……なるほど。アステルか。これは、たしかに面白い」
 時任先輩は、ローズレッドのジャケットを着ている。
 ポケットに両手を突っこみ、ニヤニヤとこちらに近づいてきた。
 わたしは燐くんの前に出て、時任先輩と向かいあった。
 時任先輩は、白い歯を見せつけてくると、ぐるりと地下室を見渡しはじめた。
「いまアステルを奪うのも面白いが……可児がオレをここに呼んだ理由は、違うところにあるんだろう。――財団のセルヴァンまでいるしな」
 息を飲んで、会長のほうを向くと、今日に限ってすがたを消していなかった。
 わたしのうろたえぶりに、セルヴァン会長はゆったりと、口元をゆるめた。
「祝祭に登録されている星成士のみなさんがそろったことに、運命を感じざるをえません。何しろ、ここには『祝祭の起源』となったものがあるんです。みなさんに、お見せしない理由はないでしょう?」
「祝祭の起源?」
 わたしがくり返すと、セルヴァン会長は、時任先輩の明かりが灯っていない燭台に手をかけた。
 時任先輩が、驚く。
「すべての燭台に、星成術をかけたはずだ」
「この燭台だけ、あらゆる呪文を相殺する星成術がかけられています。……ここで間違いないでしょう。時任くんのおかげで、探す手間がはぶけました」
 セルヴァン会長は、燭台を握り、グッと下に引っぱった。
 すると、地面がわずかに揺れながら、地下室一面の壁がズズズ……と、ゆっくり回転しだす。
「これは……?」
 数分をかけ、地下室の壁がひっくり返る。
 壁の反対側は、大きな本棚だった。
 天井にまでつくほどに、一面ぎっしりと埋まっている本棚。
 しかも、どれも星に関するものばかり。
「どうやらここは、宝井中学校の初代校長の個人的な趣味の部屋だったようですね――そして彼は、前回のアステル百年祝祭に参加していた星成士でもあった」
「え?」
「名前を見て、思い出しました。この日記に、そのことが記録されています」
 セルヴァン会長が、棚から日記を取り出し、広げてくれる。
 そこには、こんなことが書かれていた。
「この宝井中学校は、高い土地に建っているから、星がとてもよく見える。
 我らが『星』も、その光景をとても気に入っているようだ。
 だから、この学校が建つ前から、かならずこの場所から――『アステル』が生まれるのだろう。
 わたしも星ずきなので、気持ちはとてもよくわかる――」
 セルヴァン会長の朗読に、燐くんが眉間をおさえた。
「お気に入りの場所だからって……まさか、そんな理由でアステルを選んでいるの……?」
「いつだって、物事の理由ってのは、シンプルなもんだな」
 ふと、時任先輩の手から、赤い光があふれ出す。
 星成石を握っている証拠だ。
 わたしは、思わず叫ぶ。
「まさか、こんな狭いところで戦うつもり……ッ?」
「ハッ。戦いの理由も、シンプルでいいだろう」
 油断してた! 一歩、出遅れた!
 このままじゃ、間に合わない。
 時任先輩が、燐くんを捕まえようと、斧を振りあげた。
「燐くんッ!」
 ガキンッと、時任先輩の赤い斧と、何かがブツかる音がした。
 燐くんの手には、燭台が握られていた。
 時任先輩の目が、グワッと見開かれる。
「……読んでいたのか? オレの行動を」
「ぼくだって、ずっと陽菜に守り続けてもらうつもりはない。自分の身は、自分で守るつもりでいるってだけ」
「フン……ただ、奪われるだけのアステルではないか」
 喉の奥で、クツクツと笑いながら、時任先輩は斧を星成石に戻した。
「この狭い場所じゃ、一瞬のスキで勝負を決めなくちゃあならないと思っていた。もう、歌仙陽菜も臨戦態勢に入っている。今日は、引く。――じゃあな」
 そういうと、時任先輩はいさぎよく地下室を出て行った。 
 わたしは一気に肩の力が抜けて、「はあ」と息を吐き出した。
「燐くん……ごめんね。油断した」
「謝まるの禁止。ぼくが勝手にしただけ。陽菜も、そうなんでしょ?」
「え?」
「きみは、ぼくのことを守ることを『自分が勝手にしていること』って思ってるでしょ」
 その通り過ぎて、ドキッと心臓が跳ねた。
 いくら隠していても、燐くんには、何でもお見通しなんだ。
「あのさ。きみには、ぼくの命を預けているんだ。そんな、自己完結で終わらせるのは許さないって、いつもいってる」
「……うん」
「きみがぼくを守るつもりなら、ぼくだってすきにさせてもらうってことだよ」
 燐くんの手が、わたしの頬にそっと触れた。
 地下室を照らす赤い光が、燐くんの琥珀色の瞳を照らし、まるで夕陽のように染まっている。
 ジッと、わたしを見つめている燐くんが、何かをいいたげに口を開いた。
 そのときゴホン、とセルヴァン会長が咳ばらいをした。
「もうここに用はありませんよね。そろそろ出ましょう」
「あっ、そうですね。行こう、燐くん」
「……はあ。わかったよ」
 なぜか残念そうにしている燐くんが、わたしの手をさっと掴んだ。
 セルヴァン会長が燭台を動かすと、ズズズ……と壁がもとに戻っていく。
 地下室が元通りになり、赤い光が消えると、また寂し気な雰囲気にもどってしまった。
 ふと、可児先生のことが頭をよぎる。
「明日から、どんな顔で可児先生に会えばいいんだろう」
「彼女はもう、学校には来ないでしょう」
 セルヴァン会長が平然という。
「な、なんでですか?」
「財団から手を回すからですよ。彼女は、ぼくの立ち位置を甘く見ていたようです。財団には『百の原則』というものがあり、そのなかに『セルヴァン=ズヴィズダー会長の所有物をいかなる理由でも傷つけてはならない』というものがあります。彼女はそれを、いちじるしく侵害してしまいましたからね。さいあく、財団を追放されるでしょう」
「そんな……でも、可児先生って、会長の所有物を傷つけるようなこと、してましたっけ」
 セルヴァン会長が、両手をあげて、困ったように肩を揺らした。
 そして、グイッとわたしに顔を近づけてくる。
「あなたの心をひどく傷つけたでしょう? 財団の会長として、とても許せる行為ではない」
「えっと……」
 たしかに、可児先生にいわれたことは、悲しいって思ったけど。
 財団の原則違反にしてもらって、いいのかな。
 穴が開くんじゃないかって、ジーっとわたしの顔を見つめているセルヴァン会長。
 すると、燐くんの腕がわたしの腰に回って、ぐいっと引き寄せられた。
 セルヴァン会長が、困ったように眉を下げる。
「アステル。何をするんですか。まだ、歌仙くんとおしゃべりしていたのに」
「そんな時間をあげるほど、ぼくは優しくない――ここから出るんでしょ」
 燐くんに手を引かれて、階段を登っていくと、セルヴァン会長も笑いながら、付いてきた。
「『星』がそんなにこの場所を気に入っていたとは……財団はここに建てるべきでしたかねえ。そうすれば、ここの住人達に迷惑をかけることはなかったのかもしれない……」
 セルヴァン会長の苦しそうなつぶやきは、小さすぎて、なんといっているのか聞き取れなかった。
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