それは麻薬のような愛だった

その後も少し話を続け、半刻ほど経ったところで伊澄の母は立ち上がった。


「とりあえず伊澄がちゃんと来るって分かって安心したわ。あんまり長居するのも良くないし、私はこれでお暇するわね」

「わざわざ来てくれてありがとうございます。嬉しかったです」

「雫ちゃんの為だもの。後でお母さんも退勤したら来るって言ってたから安心してね」

「はい、心強いです」

「じゃあ明日、頑張ってね!」


伊澄の母は雫の肩を叩き、お腹に向かって顔を崩しながら「また明日ね〜!」と声をかけて病室から去っていった。

伊澄の心配りもあり個室での入院の雫は一人立ち上がり、入院バッグの中から先程話した手作りの退院着を取り出す。


妊娠後期に入ると胃が圧迫されるせいで後期悪阻に苦しみ、腰の痛みや浮腫に悩まされと散々だったがようやくここまで来れた。

伊澄には本当に至れり尽くせりしてもらい、産後の入院が終わってからも伊澄の帰省に合わせて産後ケアホテルでの宿泊を予定している。

子どもの迎え入れ準備から新しい新居の段取りまで率先して進め、定期的にハウスキーパーまで契約するものだから甘やかし過ぎなのではと打診した事もある。

しかし仕事が忙しいせいで育休が取れず雫には負担をかけてしまうからと説得され、結局好意に甘えることになった。


「…ようやく会えるね」


雫は退院着を抱き締め、膨らみの中にいる我が子に声をかける。

正直辛いことの方が多かった妊娠生活、それでも元気な姿に会えれば報われる。それだけの為にここまで来た。

そうしていると、静かな空間にスマホの通知が鳴る。期待を胸に抱きそれを手に取ると伊澄からで、最終便に間に合ったと書かれていた。


良かった、そう思うと同時にぽこりと中から胎動を感じ、心が共鳴しているようで嬉しくなった。


「…きみも、私と一緒でパパが好きなのかな?」


返事は勿論無い。けれどきっとそうだろうと思いながら、静かに時が過ぎるのを感じていた。




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