それは麻薬のような愛だった
時刻は20時を半分過ぎ、父の帰宅までそう時間は無い。案の定伊澄はしばらく雫を見つめはしたが、そのまま何もせずに離れた。
父親というのはパワーワードだなと思いつつ離れていく伊澄に、雫はふと思った。
「ねえ、いっちゃん」
——どうして私なの?
そう続けようとして、やめた。
今更それを聞いたところで何になる?もうあと数ヶ月もすれば高校も卒業で、進路が分かれる。
これまでだってこの関係を甘んじて受け入れていたのは雫自身だ。理由なんてどうだっていいと、都合がいいと割り切ったのも。
そもそも、自分は一体伊澄とどうなりたいんだろう。
初めは確かに伊澄の彼女の立場に憧れた。けれどそんなころころとすげ変わるものになったところで意味は無いし、なりたいとも思わない。
——ああ、そっか
雫はとっくに諦めていたのだ。伊澄の特別になることを諦め、見切りをつけていた。恋というものを手放していた。
ならばもう、この質問はまるで意味がない。
「…なんだよ」
急に黙り込む雫に伊澄は怪訝な顔を向ける。その顔を見た雫は、穏やかに笑った。
「…ううん。…お互い受験、頑張ろうね」
そう言い、帰宅する伊澄に手を振り見送った。
その後も伊澄との関係は何も変わらず、時折声がかけられては、誘いに応じた。
そんなことを繰り返しているうちに高校卒業を目の前にした頃にはもう、伊澄が好きなのかどうか、雫には分からなくなっていた。