それは麻薬のような愛だった
「おはよう、いっちゃん。それ返してよ」
「却下」
「まだ1本目だよ」
「吸うなって言ってんだよ」
「なんで。いっちゃんに迷惑かけないよう外で吸ってるじゃんか」
返してよ、と不満気に手を伸ばせば問答無用とばかりに灰皿に押し付け火を消してしまった。
もう、と雫が文句を垂らすと伊澄がポツリと意外な言葉を漏らした。
「…キスが不味くなんだろ」
煙草を嫌がるまさかの理由に雫は大きな目を溢れ落ちそうなほど見開き、ぱちくりとさせた。
「あはは!そっか、ごめんね」
きっと2本目は許してくれないだろうと潔く諦め、まあ久しぶりに笑ったからいいかと思いながら雫は一度背伸びをしてベランダの縁に上半身を預けた。
少し涼しい風が頬を撫でる。
秋の気配を感じながら晴れ渡る空を眺めていると、どこかからか楽しげな声が聞こえてきた。
下の方を見れば大人の男女とその間に小さな子供がいて、その手にはリードが握られていた。
どうやら家族で愛犬の散歩をしているようだ。
男の子は舌足らずな言葉で何か楽しそうに両親に話しかけており、その光景に自然と頬が緩んだ。
「見ていっちゃん。かわいー子が犬の散歩してる」
リードを握る手はどこか覚束なくて、そんな様子が不安なのか両親は時々「大丈夫?離さないでよ」などとあたふたと声を掛けている。