それは麻薬のような愛だった


「さっき天城さんとスーパーで偶然会ったからお茶に誘ったの。ついでにケーキ買ってきたけど、雫も食べる?」

「あ、うん…もらおうかな」


母に誘われ、キッチンに入って手伝おうかと尋ねれば不要だと返されてしまったので雫は大人しく伊澄の母の正面に腰を下ろした。

そんな雫に伊澄の母はにこにこと笑いかけ、「綺麗になったわねえ」とお世辞を放つ。


「雫ちゃんは帰省してたのね。いつまでこっちにいるの?」

「6日から仕事なので明日には帰ろうかと。普段全く帰らないので、ギリギリまでは居るつもりです」

「そうなんだ。雫ちゃんは親に顔見せてくれて優しいねえ。それに比べてうちの息子よ。伊澄なんか連絡しても無視よ無視!ひどくない?」

「あはは、まあいっちゃんですし…」


雫が苦笑いしながらそう返せば、伊澄の母は不満げな顔でそうなんだけどさあ…とテーブルの上に頬杖をついた。


「今回だって鬼電してやっと文句言いながら帰省してきたけど、早々に向こうに帰って行ったわ。あんな可愛げなくてちゃんと仕事できてんのかしら」


ため息混じりに言う伊澄の母に、雫の母が「何言ってるの」と明るく返す。


「立派に弁護士さんやってるじゃない。ちゃんと自立して、十分な親孝行だわ」

「そうなのかしらねえ…」


母達の会話を黙って聞いていた雫は困ったように笑いながら座っていた。間も無くして母が紅茶を運んで来たのでそれを受け取り、伊澄の母へと差し出す。

ありがとうと礼を言いながらカップを手に取りひと口飲んだ後、何かを思いついたように伊澄の母は突然顔を上げた。


「あ、そうだ雫ちゃん。仕事先って伊澄と同じ都内よね?今も連絡取ったりしてない?」


その言葉に一瞬動きが止まる。迷いはしたが「時々」と返せばこれ幸いとばかりに伊澄の母は両手を合わせてきた。



< 75 / 215 >

この作品をシェア

pagetop