それは麻薬のような愛だった
突き放すようなその言葉は伊澄の愚行をなんとなく察しているのか、冷たくも聞こえた。対して雫の母は彼女の言葉の意味をよく分かっていないらしく、頬に手を当てながらのんびりと言う。
「あら…伊澄くんって意外と繊細なのね」
「ただ小心者なだけよ。うちの旦那そっくり」
しかしそんな冷ややかな表情も一瞬で笑顔に変え、雫にはとても優しい声色で話しかけた。
「面倒なこと頼んでごめんね?けど雫ちゃんが言えば伊澄も素直に聞くだろうから」
ね?と改めてお願いをされ、無言で考え込んでいた雫は反射的に反応した。
「えっと…はい。わかりました」
ここに来てまた伊澄のことがわからなくなった。
卒業式の前日に呼び出された事からあの時伊澄にはおそらく彼女は居なかった。ならばそのボタンは一体誰の為に残されたものなのか。
よもや自分の為に残されたものかと思うのは、思い上がりも甚だしいのか。
——当たり前だよ。そんなわけ、ないじゃない
そうやって無駄な期待を抱いて、何度裏切られてきた?何度傷ついた?
あんな思いをしない為にも、もう期待しないと決めたじゃないか。
「いっちゃん頑固だしいつ話せるか分かりませんけど、今度会ったら伝えてみます」
「ありがとう!よろしくね」
そう言った伊澄の母に笑顔を返し、雫がチョコケーキにフォークを突き立てる頃には母達の話題は仕事場の愚痴に移り変わっていた。
いつになるかわからない。そうは言ったが翌週末には伊澄が連絡を寄越してきた為、思いの外早く会うことになった。