それは麻薬のような愛だった
予想通り仕事が立て込み、まともに休憩を挟めないまま定時を少し過ぎたところでなんとか片付いた。
「雫、行くよ〜」
逃走するとでも思ったのか、昼間あれほど雫に泣きついてきた美波が事務所のエントランスホールで嬉々として手を振っている。
よもや逃げると思われたのだろうか。先にタイムカードを切ったはずなのに出口で待ち構えるそのバイタリティに、雫は思わず苦笑した。
「逃げないから、メイクくらい直させてよ」
「お、ちゃんとやる気を出してくれたんだね。感心感心」
「いやこれマナーだから」
素直じゃないなあと笑う美波を尻目に雫は御手洗で簡単に肌にファンデーションを乗せ、消えかけていたリップを塗ってポーチを鞄にしまった。
その様子を後ろから見ていた…というより寧ろ監視をしていた美波は、体の前で腕を組みながら話しかけてくる。
「せっかくなら髪も下ろしたら?雫の髪って艶があって綺麗だし、その方が絶対ウケいいよ」
「いやいいよ、このままで。私なんてただの数合わせなんだし」
「だからって明らかにやる気が無いのはダメ!それとそんな空気感出さないでよ!後で私がみんなから責められるんだから」
「分かってる。善処するよ」
結局美波の押しに負け、結局雫は束ねていた髪を下ろすことにした。
染めた事のない髪は傷みを知らず、特に気になる癖もついていなかったので軽く梳かしただけにはしたが、美波は概ね満足そうな顔をしていた。
「じゃあ行こうか。多分今から徒歩で向かったら丁度いい時間に着くと思うし」
「りょーかい」
雫は通勤用のバッグを肩に掛け直しながら意気揚々と歩く美波の後に続き、一緒に食事会の会場へと向かった。