運命の番は真実の愛の夢を見る
「どうして……」
王女の声は戸惑いに揺れている。なのにアルベルトは顔色ひとつ変えない。
「当たり前だろう? 僕らは運命の番なんだ」
「私への愛は、もうないというの……? 愛してるって、あんなに言ったじゃない。忘れたの?」
答えるまでもないということなのか、アルベルトはわずかに首を傾けただけだった。
クラウディアの表情が王女にあるまじきほど歪む。深い失望と悲しみの色は次の瞬間、激しい怒りへととってかわる。その矛先はリーゼに向けられた。
「どうしてよ」
呪詛のような呟きにリーゼは身体をすくませる。
「どうしてあなたが選ばれるの? あなたが、アルベルトのなにを知ってるっていうの? 私は生まれたときから一緒だったのよ。恋人になってからも三年。それだけの時間を積み重ねてきたの! それを運命の番ってだけでなかったことにするのが許されるの!?」
痛ましさすら覚える悲痛な叫び。
リーゼは黙って身体を震わせていることしかできない。背中を支えるアルベルトの腕も、もはやリーゼの心を慰めるものではなくなっていた。
どうしてなんて、聞かれても分からない。
「私は、アルベルトの良いところもダメなところも全部知っているわ。そのうえで誰よりもアルベルトを愛しているの! 将来だって約束してた! なのにどうして……っ、突然現れた女に、奪われなくちゃならないの! 理不尽じゃない、こんなの……っ!」
うっ、うっ、と嗚咽の混じり始めた声は長い廊下に吸い込まれていく。金のまつ毛が縁取る目からぼろぼろと透明なものがこぼれ落ちるのを目にして、リーゼの奥歯がかたかたと音をたてた。
――奪ったんだ。私が、なんの落ち度もないこの人から。
そのことをまざまざと自覚させられる。
二人が積み重ねてきた年月を思って、リーゼの頬にも涙が伝った。その十数年は、運命という一言で容易く塗りつぶされたのだ。
美しかった運命という響きが、ひどく呪わしいものへと変わっていく。
リーゼは今まで善良に生きてきた。おっとりしていて多少不器用なところはあっても、誰かをこれほどまでに傷つけたことはない。傷つけたいと思ったことも。
運命の人。運命の恋。女の子なら一度は憧れるものではないの?
なのにどうして、運命なんて関係ない、偶然の中で育まれた彼女の恋のほうが尊いように思えてくるのだろう。
崩れ落ちそうになったリーゼをアルベルトの腕が支える。頭の上で警備の兵を呼ぶ声が響いた。
「クラウディア殿下だ。取り乱しておられる。客間でお休みいただいてから王城にお届けしろ」
冷徹に飛ばされる指示をリーゼは信じられない思いで聞いていた。
依然として動揺した様子のクラウディアと兵たちの気配が遠ざかっていく。やがて廊下は静けさを取り戻し、穏やかな声が耳元で囁く。
「僕のせいで嫌な思いをさせてごめんね。もう大丈夫だよ。行こう」
優しい声音はなにも変わらないはずなのに、薄ら寒いものがリーゼの背中をはい上がった。