運命の番は真実の愛の夢を見る
穏やかで抑揚のない声に、ぞくぞくと背筋が寒気を覚えた。固く強ばった喉を叱咤して、リーゼはようやく声を出す。
「ごめんなさい。私、分かったわ。あなた以外の人に恋はできない」
ニコラスに求婚されたときに悟った。彼のことは嫌いではないはずなのに、あの瞬間、全身が拒んだ。吐き気を催すほどの嫌悪感など尋常ではない。
そして今は、幼なじみとしての親愛の情さえリーゼの中から失われてしまっている。差し伸べられた手をあのように拒んで、罪悪感すら微塵もない。自分の心の変わりようが恐ろしかった。
蒼白になるリーゼを見つめ、アルベルトはうっとりと目を細めた。
「そうだよ、リーゼ。僕たちはね、もうお互い以外の相手を選べないんだ」
アルベルトが長椅子に片膝をつき、長い指がリーゼの鎖骨に触れた。そして徐々に下へと降りていく。暴かれたままの胸元をいたわるような手つきだった。リーゼは動けなかった。
「僕も最初は信じられなかったよ。自分の気持ちがこんな簡単に変わってしまうなんてね。クラウディアを愛していたんだ、確かに。なのに今は君を愛している」
胸の谷間に指を擦り付けると、アルベルトはリーゼの背中と膝裏に腕を入れて抱き上げた。そのまま応接間を出てどこかの部屋へと向かう。
「君も自分に失望したかな? 自分の心が信じられなくなるだろう? ねえ、君は本当の愛を探すと言ったけど、僕らの運命の前では、本当の愛なんて容易く塗りつぶされてしまう幻みたいなものなんだよ」
アルベルトは穏やかに笑っているのに、その表情はどこか陶然として狂気的だった。
リーゼはぎくりと身体を強ばらせる。どうしてアルベルトがわざわざ離縁の機会など与えたのか理解できたからだ。
自分と同じ思いを、リーゼにも味わわせるために。
親しみを抱いていたはずの相手が大切ではなくなる。酷い仕打ちをしているはずなのに心が動かなくなる。自分の心が自分のものではないような、恐ろしい感覚だった。彼のクラウディアに対する愛情も、こんなふうに消えていったのだろうか。
「だからね、リーゼ」
小柄な妻を寝室の寝台に下ろしながらアルベルトは歌うように言う。
「僕らは運命を受け入れるしかないんじゃないかな」
「でも」
リーゼは震える声を懸命に吐き出した。
「私は、きっと、あなたを愛してはいないわ。あなたの虚像を愛しているだけ。あなた自身を見ているわけじゃない」