恋するだけでは、終われない
第四話
ごめん……。
もう我慢できない……。
「高尾先生、おはようございます。週末は色々ありがとうございました」
朝のボックスシートで、駅がひとつ進むたび。
三藤月子、海原昴、高嶺由衣がそれぞれ、一字一句同じ挨拶をしてくるのがおかしくて……。
耐えきれずにわたしは、ついに吹き出した。
「……なにか変なこと、いいました?」
高嶺さんが半分不満で、半分不思議そうな顔をしてわたしに問いかける。
「ごめんごめん。だって三回共みんな、真面目な顔でぜーんぶおんなじこというんだもん」
「えっ……」
「示し合わせてしてきたわけじゃないんだろうけど、さすがにちょっとおもしろくって……」
戸惑う顔の高嶺さんに、今度は三藤さんが。
「ボキャブラリーが高嶺さんと同レベルだったことを、深く反省しています……」
「は? なんですかそれ! あ、でもまぁ、上級生がそれじゃぁ頼りないですよねぇ〜」
……もう。月曜日の朝からケンカしないでよ!
「じゃ、仕事に戻るからあとはご自由に!」
……爽やかな笑顔でそういうと、高尾先生が書類をめくりはじめる。
車窓から見える木々の新緑が眩しくなりつつあるこの季節にぴったりな色の洋服で、背筋をきれいに伸ばすその姿に。僕は、つい見入ってしまって。
「ジロジロ見過ぎ」
瞬間、脇腹に容赦無く高嶺の肘打ちが突き刺さる。
ふいを打たれて、思わず低い声が出てしまう。それに……結構痛いんですけど……。
「海原くん、残念だけれど、いまのはあまり同情できないわ……」
冷たく三藤先輩が突き放すと、高尾先生が書類から目を逸らすことなく、小さくほほえむ。
当の高嶺は、涼しい顔、ではなくて。
「よし、きれいにキマった」
なんというか、……ご機嫌な笑顔だ。
まったく……。
今週も、僕が無事で済むことはなさそうだ……。
乗り換え駅で高尾先生と別れ、連絡通路を三人で歩く。
いつもは高嶺はここから右の階段をのぼり、三藤先輩と僕は左側へ進むのだけれど……。
高嶺が今朝は、僕たちと同じ方向へとやってくる。
「あれ、お前あっちの階段じゃないの?」
「聞きたいことがあるから、わざわざわたしたちの階段にまで侵食してきているのよ」
アイツの代わりに、三藤先輩が答える。
もしここに春香先輩が居たら、絶対に苦笑いしているだろう。
高嶺は先輩の言葉を華麗にスルーし、階段をのぼりながら僕に問いかける。
「でさぁ。あのあと、赤根先輩とどうだった?」
「へ? なんでそれを……」
「アンタさぁ……」
大きな目で、そんなにあきれたような顔をするな、頼むから……。。
「そんなの、わたしがわからないはずないでしょ?」
「……女子の勘、というよりむしろ、野生の勘かしら?」
「せ、先輩今朝はいつもより冴え……。じゃなくてもしかして怒っています?」
「うーん、週末に報告がなかったかしら、ね?」
「そうですね、わたしにも連絡ないんで、念のため」
右も左も……。じょ、女子高生って、怖い……。
先輩の連絡先とか、僕、知らないじゃないですか……。
あ、高嶺のも知らんけど……。
「わたしね、放送部居心地悪いんだ」
赤根玲香の突然の告白を、意外にもふたりはすんなりと理解した。
「まぁ、そんなところだと思ったわ」
「アンタ、珍しくちゃんと聞けたの『だけ』は、ほめてあげる」
……えっと、僕にはよくわからないのだけれど。
女子の勘ってやつですか、これが?
どうやらそれ以上、深い話は不要のようなので。
僕は玲香ちゃんからの『お願い』について、ふたりに聞いてみる。
「わたしたちの列車まで、赤根さんはどうするのかしら?」
一緒に帰るのが、いいとかダメとかの次元を超えて。三藤先輩が別の心配をする。
「部活あるから、ちょうど時間があうんじゃないですか?」
「……ったく。居心地悪いってことは、部活には出てないってこと! アンタほんとに人の話聞いてたの?
「……そ、そうなの?」
高嶺が再度、あきれたような顔で僕を見る。
「もうどうにかなるんだろうし、仕方ないからあとで赤根先輩に伝えといてよ」
高嶺が再度、不機嫌そうな声を出す。
三藤先輩もだけど、ふたりとも結局なにか怒っているんじゃないの?
「へ? いや僕……。玲香ちゃ……、じゃなくて赤根先輩の連絡先知らないし……」
一瞬、いい間違えた僕に三藤先輩の目が大きく開きかけた気もするが、すぐにやわらかな表情になる。
……というより、むしろ。
いつもどおり、あるいはそれ以上におだやかになった気がする。な、なんで?
「そう。海原くんは赤根さんの連絡先『も』知らないのね」
「ふーん、そうなんだー。知らないんだー」
え? 高嶺の声色も、少しやわらかくなった、かも?
いったい。な、なんなんだ女子高生って?
イマイチ、わかりきることは無理だったけれど。
それでも、誰の連絡先を知らないことって、僕にとっては……。
ひょっとすると、いいことなのかも知れないと思った。
登校後の機器室で、都木美也と春香陽子もそろうと。
僕は赤根玲香と帰りの列車が一緒になる、という話しをする。
「そっかー。じゃ、きょうの帰りから一緒だね。わたしもおんなじ方角だったらよかったなー」
春香先輩が、少しだけ恨めしそうにいう。
「いや、まだ連絡してないんで、いつからかわからないんですけど」
「へ?」
都木先輩が驚いたようで。思わず僕も、同じ返しになってしまう。
「へ?」
「いや、海原君。へ? じゃないでしょ。早く連絡しなよー」
「いえ、僕、連絡先知らないんで……」
都木先輩が、いつもなら高嶺がしそうな表情で僕を見る。
「もう、なんなのそれ……」
それから都木先輩は、ため息をひとつついてから。
「仕方ないなぁ、じゃぁわたしがやっといてあげる」
「へっ?」
「はぃ?」
今度は、三藤先輩と高嶺が驚いている。
ちなみに、僕も同じくだ。
なぜか都木先輩は、玲香ちゃんの連絡先を知っているらしい。
ついでにいうと、春香先輩も驚いていて。
「美也ちゃん。いったい、いつのまに?」
「だって、そんなの当たり前でしょ。……って、ほかに誰もやってなかったの?」
すると都木先輩が突然思い至ったように。
「え、もしかして!」
それから恐る恐るというか、覚悟を決めた顔で。
僕たちに言葉を選びながら質問する。
「あのね、ま、まさかとは思うけど……。スマホ持っていないとか? そ、そんなことないよねぇ……?」
すると三名が、なんのためらいもなく挙手をする。
春香先輩は、あ! そうだった、みたいな感じで。
僕は、え? いるんですかそれ、みたいな感じで。
三藤先輩が、は? それがどうかしました、みたいな感じで。
「ちょっと、みんなしていったい、どの時代に生きてるんですか?」
高嶺がボソリ、と口にする横で。
「よかったぁ〜!」
「え?」
今度は都木先輩が、大きな声で喜んでいる。
「だってね……。実はわたし、見えないところで仲間はずれにされてるのかな、って……」
都木先輩、そんなこと考えていたのか……。
「ちょっと心配だったから……。でも安心した!」
どうやら都木先輩って、意外と天然なところがあるらしい。
「でもスマホなくて、不便じゃないんですか?」
高嶺が、春香先輩に不思議そうな顔で聞いている。
「う〜ん、夜とか眠いしさ。それに無くしたり、なんかクラスの子に返事したりするの、正直面倒だなぁ、って思ってたんだよねぇ〜」
「あ、僕は特に必要性感じていない」
「アンタはただ友達いないだけでしょ。それに聞いてもない!」
す、すいません……。
ちなみに、どうして三藤先輩には聞かないんんだ?
「どうせ春香先輩としか話さないのに、要らないでしょ」
……ま、まぁそうだろう、なぁ。
ちなみにスマホといえば、そのあと。
「あの……いまさらですけど連絡先交換しませんか?」
「由衣! ありがとう!」
都木先輩と高嶺が、仲睦まじく連絡先を交換して。
「ちょっと手伝って〜」
そんな春香先輩の声にふたりがそのまま、スマホをテーブルに画面を上に置いたあと。
偶然それが光ったのを、目にしたらしく。
三藤先輩が、思わず。
「こ、この写真って……」
そんなことを、つぶやいていた。
ふたりにはそれが聞こえていなかったし、どちらのスマホだったのかも僕は知らない。
ただ、なぜか三藤先輩は。
僕と目があったのに、慌てて目を逸らすと。
それから……。
「見てないわよね?」
小さく僕に聞くと、僕の返事も聞かずに。
そのまま慌てて書類をめくりだした。