恋するだけでは、終われない

第十話


「た、高嶺(たかね)さん!」
 ……講堂の機器室に忘れた筆箱を、無事に見つけて、教室棟に戻る渡り廊下で。
 わたしは、突然。
 うしろから呼ばれたらしい。

 面倒だけど、半分だけ振り向いてみる。
 なんだ、山川(やまかわ)(しゅん)か……。
 それって、愛想笑いのつもり? 一応声だけ聞いたからさ、教室戻っていい?
「よぅ!」
 別の声がして、驚いたら。
 あぁ、都木(とき)先輩の『元彼』になったんだよね。
 三年生の長岡(ながおか)(じん)が、山川の隣で手をあげている。

「珍しい組み合わせですね」
 長岡先輩に返事をすると、山川があからさまにがっかりしたらしくて。
「お、俺は無視されたのに……。長岡パイセンなら振り返ってくれるんだ……」
 あぁ、アイツがいたら相手させるのに。
 あ、でも長岡先輩がまぁまぁと肩を叩いて慰めている。楽できて、よかった!
 ……でも、あれ?
 このふたりって、いつのまに仲良くなったの?

「あ、もしかしてバレー部入った?」
 正直、山川の『動向』について『どうこう』聞くつもりもないのだけれど……。
 うわっ、これって海原(うなはら)のいいそうな親父ギャグじゃん。
 そんなことをつい思いながら、作り笑顔で聞いてみる。
「そ、そうなんだ。実はオレさぁ……」
「おぅ、こいつなかなかいいセンスをしててな!」
 長岡先輩も、山川を無視して話しをし始める。
 やっぱ山川だけあって、どこにいってもそんな扱いなんだね。
「……で、色々としごき甲斐もありそうだから、入部してもらったぞ」
 なるほど、途中を聞き損ねたけれどまぁいっか。
「先輩も振られたから。暇なんですね〜」
 まずい!
 ナチュラルに口から出かけて、わたしは慌てて止める。
 なんか、三藤(みふじ)先輩の性格が移ったのかな?
 わたしは海原いわくの『黙っていればかわいい』女の子なんだから、笑顔だよね、笑顔。

 ……でもそれって、いったいなんのため?
 誰のため?
 ダメだわたし……。
 横をとおりすぎる女子たちが、チラリと長岡先輩を見ていくのに。
 ちっとも興味が、湧いてこない……。
 そういえば今朝、隣のクラスの子にアイツのこと聞かれたっけ?
 やっぱりダメだ。
 こうやってほかの男子と話してるのに……。
 なぜだか、アイツのことがついて回る。


「……って、聞いてる? 高嶺さん」
「あ、ごめん。ちょっとほかのこと考えてた」
 山川の残念そうな顔を見て、長岡先輩が笑う。
 あれ?
 わたしなにか悪いことしちゃった?
「いや。気にするな! よし山川、走るぞ!」
 長岡先輩が、しょげる山川の背中を豪快に叩いて。ふたりがダッシュで教室棟へと消えていく。
 三年生が廊下をダッシュって、どうなの? しかも部長じゃないの?
 あ……。
 でもその前、山川はなにいってたんだろう?
 ま、いっか。
 大事ならまたいってくるよね?

「……あれ、由衣(ゆい)ちゃん。さっきの長岡先輩?」
 今度はわたしの好きな、やさしい声がしたと思うと。
 目の前に春香(はるか)先輩と、都木先輩まで!
「えー。まさか由衣に手を出そうとした、とか?」
「都木先輩、違いますよ〜。同じクラスの男子がバレー部に入ったらしくて、それで話してだだけですよ〜」
「そっか、じゃぁよかった〜」
 えっ?
 もしかして都木先輩って、まだ長岡先輩に未練とかあるとか?
 わたしを心配したんじゃなくて、気になったとか?

「あ。念のためいっとくけど、わたしなんの未練もないから! 心配しないでね、陽子!」
 都木先輩の、笑顔が添えられたその言葉は。
 まるで半分わたしの心を読んでいるかのようで、ちょっとドキッとする。
「なんで美也ちゃんがわたしにいうの? そこ、由衣ちゃんじゃないの?」
「も〜、そんなの気にしない気にしない!」
 都木先輩はそういって、明るく笑っているけれど。
 気にならなくもないよね、それ。

 ……まぁいい。
 ところでふたりは、どうしてここに?
「えっと、海原君に頼まれごとがあって機器室にいくんだけど。由衣ちゃんも一緒にいく?」

「いきませんから!」

 予想以上に大きな声になってしまい、春香先輩が驚いた顔をしている。
 しまった!
 いきなり、アイツの名前が出たからって。
 わたし、なんでムキになってるんだろう?
「あーごめんごめん。こら陽子、いきなり部長の名前を出したらダメだよー」
 都木先輩が、わたしに気をつかってくれているのがわかる。
 本当は、ごめんなさいって、わたしが先にいうべきなのに……。
「すいません……。急ぐんで失礼します……」
 今度は、とても小さな声になると。
 わたしはふたりの返事も聞かず、そのまま教室へと走り出した。



 ……妙に落ち着かない気持ちのまま、帰りのホームルームが終わって。
 わたしは机の横にかけていた荷物を取ろうと、手を伸ばす。
「なぁ、このあとちょっといいか?」
 アイツを山川が呼び止めて、思わずわたしが動きを止める。

「どうした山川? 秘密の話しなら先に秘密だといってくれ」
「えっ……」
 アイツのめんどくさいいい回しに、山川が固まる。
 あぁ、まったく。
 アンタがわたしに聞かせるためにいってるのがわかるのって、世界中でわたしだけだからね!
「なら先いっとくから」
 素っ気なくわたしが答えるのも、アイツはすでに理解している。
 特に、秘密の話しじゃなさそうだから。
 わたしとしては、アンタと部室にいってあげてよかったのだけれど。
 まぁ、男同士の友情ってやつ?
 たまには少し深めてからきなよ。

 わたしはひとり、中央廊下を歩きながら。
 アイツはいま、なにを話しているのだろうかと考えてみる。
 別に、話しの中身自体は気にならない。
 ただ、高校生の男子がどんな話をしたら、アイツはどんな風に答えるのかを知りたかっただけだ。
 中学のころから、アイツには親友らしき存在はいないけれど。
 でも色々な人に相談されたり、頼られることはよくあった。
 女子からだって、そうだ。
 それがいわゆる『恋愛』に発展しかけたことも……。あった気がする。


「あぁ、だからなんなのよ?」
「どうしたの高嶺さん? 青春のお悩み中かな?」
 うわっ……。
 思わず口にした独り言を、藤峰(ふじみね)先生に聞かれてしまった!
「高嶺さんがひとりなんて珍しいと思ってついてきたんだー。どこからいたのか、全然わからなかったでしょー?」
 イタズラっぽく笑う先生に、怒る気はしない。
 だけどひとこと返すくらいはいいだろう。
「なんでもないですよ。別に気にしないでください」
「まぁそういうと思ったわ〜。でもわたしで良かったら、いつでもウェルカムだからね!」

 この先生は、わたし以上に人の心にズカズカと入り込む。
 でもたぶん、わたしと同じで。
 実はその対象って、あまり多くない気がする。

 職員室の前で、先生に手を振る。
 作り笑いとか不要なのが、いまのわたしにはとってもありがたい。
「そう、その笑顔が、わたしは好きだな!」
 ……わたしも、その笑顔が好きだよ、先生!
 不思議なことだけど、藤峰先生のおかげで。わたしは少しだけ、心が軽くなった気がした。


 部室に入ると、丁度春香先輩と三藤先輩が講堂に出かけるところで。
「二年の学年集会だから、ふたりでやっとくね!」
 春香先輩が、楽しそうにいう一方で。
「都木先輩は、講習が追加で入ったそうよ。なので海原くんをよろしく」
 もうひとりは相変わらず、アイツを会話に挟んで伝えてくる。

 ただ、なんとなく。
「そんなの、いわれなくてもわかっています!」

 ……なぜかこのときだけは。
 そう三藤先輩にいい返す気に、なれなかった。


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