歪んだ月が愛しくて2
その後、俺達は揃って学生棟に戻った。
学生棟に着いた頃には遊馬のしつこい追及も止み、汐は安堵の表情を浮かべていた。
しかし、それも束の間のことだった。
エレベーターを降りて3階のフロアに着いた時、俺達の視線はある一点に注がれた。
「……葵?」
最初に気付いたのは汐だった。
葵は自室のドアに寄り掛かるように座り込み、膝の間に顔を埋めていた。
「あれって葵だよな?あんなところで何やってんだろう」
「体調でも悪いのかな?」
「でも、確か葵が帰って来るのは明日のはずじゃ…」
葵の様子が可笑しい。
そう思って俺達は葵の元に向かった。
「葵」
そう呼び掛けても葵はピクリとも動かない。
「……葵?」
もう一度名前を呼ぶと、葵はゆっくりと顔を上げた。
「り、か…くん…」
その顔にギョッとして声を荒げた。
「あ、葵っ、その目どうしたんだよ!?」
葵の大きな瞳は真っ赤に充血していた。
それだけじゃない。目元も腫れていて、心なしか鼻も赤い。
泣いてた、のか?
でも、どうして?
「葵、どうした!?」
「何かあったの?」
葵は俺達の呼び掛けに力無く首を振った。
「ううん。何でもない、よ…」
「何でもないって、それのどこが何でもないんだよ!そんなに目腫らして!」
「これは…」
「何かあったんだろう!俺達に話してみろよ!」
「話せばすっきりするかもしれないよ」
「でも…、本当に何でもないんだよ。ちょっと怖いホラー映画見ちゃって、それで泣いちゃって…」
「葵」
ビクッと、俺の声に葵が肩を揺らす。
「話して。一体何があったの?」
「、」
葵の目を見ながらその手に自分の両手を重ねて強く握った。
出来るだけ葵を安心させるように、強く、優しく。
すると葵は少し戸惑いながらも、ゆっくりと話し始めた。
「……前に、話したけど、今日は友達の誕生日だったんだ。幼馴染みで、家も隣同士で…昔から誕生日はお互いの家族を含めてお祝いしてたの。それが小さい頃からの、約束だったから…。だから帰省した日も、友達の家に行ったんだ。でも家にいたのはおばさんだけで、友達はいなくて…」
「いないって…」
「入院、してたの…」
「入院?」
俺が聞き返すと、葵は再び膝の間に顔を埋めた。
両肩を抱えながら小刻みに震えて、拳をギュッと握り締めた。
「な、で…、何で、史くんが怪我しなくちゃいけないの?史くんが、何したって言うの?」
「葵、」
「ねぇ、何でっ!?」
葵は俺の胸をドンドンと力任せに叩いて、感情の赴くまま怒声を撒き散らす。
「葵…」
こんな取り乱した葵を見るのは初めてだった。
今の葵に何て言葉を掛けていいのか分からない。
いや、見つからなかった。
そう感じたのは、きっと俺だけじゃない。
汐も遊馬も、葵の言葉を黙って聞いてることしか出来なかった。
しかし次の瞬間、俺達は衝撃の事実に再び言葉を失くことになる。
「許せない!史くんを傷付けた奴を…僕は絶対に、絶対に白夜叉を許さないっ!」
『貴様が死ねば良かったんだ』
遠くの方で、あの男の声が聞こえた気がした。