歪んだ月が愛しくて2
繋がっていたもの
バタン、と寝室のドアを閉める。
クローゼットを開けて衣類の奥から取り出したのは、アイツに持たされたままの白色のスマートフォン。
もう二度と使うことはないと思っていたが、まさかこんなにも早く使うとこになるとは思ってもいなかった。
スマートフォンの電源を入れる。
これを使うのは何ヶ月ぶりだろうか。
『―――返す。俺にはもう必要ない』
『それはお前にやったものだ。返されても困る』
『……じゃあ、どうしろと?』
『持ってりゃいいだろうが』
『いつまでも持ってるわけにはいかねぇんだよ。………分かってんだろう』
『それでも持っとけ』
『何で?』
『別に。ただの生存確認みたいなもんだ』
『……俺、電源切るけど』
『構わねぇよ。お前はただ持っているだけでいい』
『………』
何が生存確認だ。
何が持っているだけでいいだ。
こうなることを見越してたとしか思えない。
アイツは何もかも分かってるくせに、俺に何一つ捨てさせてくれなかった。
端っから出来ないと踏んでいたのか、それともそんな気更々なかったのか本当のところは分からないが、結果的に俺は何一つ手放せないまま今ここにいる。
「……後者だったらぶん殴ってやる」
アイツの思い通りに事が運んでんのは面白くないが仕方ない。
背に腹は代えられない。
スマートフォンに入っている数少ない連絡先の一つを指でタップする。
Prrr…とコール音が鳴る。
まず驚いたのはすぐに繋がったことだった。
てっきりアイツの電話も電源が落ちていると思ったのに、お互い何やってんだかな。
俺とアイツを繋ぐスマートフォンは俺達と関係のある限られた人間の連絡先しか入っていない。
だから基本的には俺のスマートフォンにアイツ以外から掛かって来ることはないし、その逆も然り。
それなのに掛かって来る保証もないスマートフォンを律儀に充電していたかと思うと、何だか笑いが込み上げて来た。
(可愛いとこあんじゃん…)
それと…、
『―――よお、待ってたぜぇ』
通話口の向こうにいる相手が平然と対応したことも。
もう少し焦るとか怒るとか面白い反応をしてくれると思ったが、とんだ期待外れだった。
『おい、感動の再会だってのに無視してんじゃねぇぞコラァ』
再会はしてねぇよ。
『おい、聞いてんのか?あ?』
「……ムカつく」
『は?』
「お前の反応がムカつく」
『開口一番ムカつくって…、ククッ、相変わらずだな―――シロ』
俺のことを“シロ”と呼ぶ声が、愉しそうに聞こえる。
獲物を前にした肉食獣のようなギラギラした瞳で舌を出す、そんなアイツの顔が容易に想像出来た。
そうさせたのは俺か、それともアイツの本性か。
いや、どっちもだな。