歪んだ月が愛しくて2



『で、用件は?』





分かってるくせに、俺の口から言わせようとする。

会話を引き延ばそうって魂胆が丸見えだ。





「東都の現状が知りたい」

『それだけか?』

「皆まで言わなくても分かるだろう?」

『さあ?全く検討が付かねぇなぁ』





……仕方ない。

その魂胆、乗ってやるか。





「東都の現状、“鬼”の動向、それと………アイツに動きは?」

『動いてるぜ』

「、」

『ま、派手に動き回ってるってわけじゃねぇが、うちにはしょっちゅう顔出してるぜ。まるで主人の帰りを待つ忠犬ハチ公のようになぁ』

「……話した、のか?」

『まさか』





アイツは俺が何よりも気になっていたことをいの一番に答えた。
俺から連絡があることも、俺が何を危惧しているのかも、アイツには何もかも分かっていた。





『それに、アイツも俺が何も答えねぇことは分かってたはずだ。だから最初以来余計な詮索はして来ねぇし、今んとこ派手に動き回ることもしてない。お前の意向を汲んで、ただただご主人様の帰りを健気に待ってやがる。ハッ、本当出来の良いバカ犬だよ』

「……お前、俺が離れた意味分かってんの?」

『分かってるから黙っててやってんだろうが』

「………」





俺も、分かってる。





『ま、あれのことはこっちに預けろ。お前は“鬼”の方を何とかしろよ』

「……分かってる」

『必要な情報はメールで送る。他に必要なもんがあったらその都度連絡しろ、こっちで用意してやっから』

「アイツのこと、任せていいのか?」

『じゃなきゃお前があっちに集中出来ねぇだろうが』

「………」

『何だ、珍しく大人しいな。腹でも下したか?』

「何で、アイツ、俺のこと…」

『………』

「俺のせいでボロボロにされて、そんなアイツを置き去りにして逃げたのに…」

『ハッ、俺達の手綱握ってるお前が何言ってんだよ。そんなもん考えるまでもねぇだろうが。お前にしか扱えねぇんだよ、俺達は。生かすも殺すもお前次第だ』

「、」

『責任重大だなぁ、飼い主サマ』





何も言えなかった。



俺の心境を知ってか知らずか、アイツは通話口の向こうで笑っていた。





『アイツは見掛けによらずしつけぇからな。尻尾巻いて逃げるのは勝手だが、捕まりたくなきゃ本気で逃げろよ。いつまでもテメーのぬりぃ鬼ごっこに付き合ってられるほどこっちも暇じゃねぇんだよ。まあ、捕まった時の命の保証は出来ねぇがな』

「いらねぇよ、そんなもん」

『へぇ、そうかい。だったら今のうちに死に物狂いで足掻いとけよ。お前が俺達を殺すのが先か、アイツがお前を捕まえんのが先か、実物だなぁ。ああ、俺がテメーをとっ捕まえたらちゃんとぶっ殺してやるから安心しろよ』

「……もう、いい」

『だからお前はお前の思うように好きにやれ。遺言なんて残すんじゃねぇぞ気持ち悪ぃ』

「いいから」

『誰が許さなくてもこの俺が許してやる。お前は、お前がしたいようにすればいい。どこに行こうが、何をしようがテメーの勝手だ。好きにしろ。でもこれだけは覚えとけ。テメーが握ってるその手綱は俺達の首に繋がってると同時にテメーの手首にも繋がってワッパみてぇに外れなくなってるってことをな』

「やめろって!!」





やめろ。



やめてくれ。



これ以上は、もう―――。





『繋がれたいって願ったのは俺達だ。お前にしか繋がれない、獣なんだよ…』





立っていられなくなる。


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