歪んだ月が愛しくて2
独りになることを望んで、全てを捨てる覚悟で彼等の元から去ったはずだった。
それなのに、
『てか、お前弱くなったんじゃねぇかぁ?あれからまだ1年も経ってねぇってのにもうホームシックかよ。ママのオッパイが恋しくなったんならいつでも戻って来ていいんでちゅよ〜』
「……煩ぇ」
『だったらシャキッとしろや。腑抜けたお前に用はねぇんだよ。噛み殺したくなる』
「やってみろ。返り討ちにしてやら」
『ハッ、上等だ』
まだ捨てられない。
『次会う時は覚悟しとけや。テメーがいなくなって被った損害はその身体できっちり清算させてやっからよぉ』
「そっちこそ、精々保険証の用意しとけよ」
『ほざけ』
捨てたくない。
ああ、何でこんなこと今更自覚しちゃうかな。
「………ありがと、ヤエ」
『っ!?』
ピッと、相手の返答を待つことなく一方的に通話を終了させた。
ヤエの反応には興味があったが、返答なんて分かりきってる。今更知る必要はない。
ヤエの言葉が俺の迷いを消してくれた。
捨てたはずの名前が自分の知らないところで復活していた事実は思いの外衝撃が大きくて、また俺のせいで誰かが傷付くことになったら…、想像しただけで気が滅入りそうなる。
それに加えて先程の葵の言葉が、これから起こりうることを予言しているかのようで途端に恐ろしくなった。
もう悠長に構えていることは出来ないと思った。
自分の知らないところでまた大切なものが傷付けられたら、今度こそ俺は…。
だから自分からヤエに連絡を取った。
一度は捨てたはずのものに、自分から手を伸ばした。
俺と、ヤエを繋ぐもの。
捨てられなかったスマートフォン。
捨てさせてくれなかった、想い。
「……俺だけじゃなかったんだな」
二度と取り返せない過去にみっともなく縋っていたのも。
すぐ隣にあったはずの温もりに焦がれていたのも。
今日まで電源を入れることのなかったスマートフォンが恨めしい。
だって、こんなにも近くにあった。
心の拠り所も、温もりも。
俺の、獣。
俺だけの可愛い可愛い、猛獣共。
「もう、誰にも奪わせない」
捨てたはずの想いは、今も確かに繋がっていた。
思いの外、頑丈な鎖で。
あの日から、ずっと待ち望んでいた相手からの着信は、たったの5分で終わった。
「クッソ、あれは反則だろうがっ」
少しの弱さと、期待を残して。