歪んだ月が愛しくて2



「アンタは…」

主人(マスター)



理事長の登場に立夏はゆっくりと顔を上げた。
立夏はグレーの瞳の中に理事長を映した。
そして理事長もまた立夏を真っ直ぐに見つめていた。



「帰るぞ」

「………」



理事長の言葉に立夏は罰が悪そうに顔を逸らした。
それでもいつもみたいに拒絶しているようには見えなかった。



「風魔、世話掛けたな。この礼は何れきちんとする」

「礼なんていりません。俺が好きでやってることですから」

「そうか」



ピクッと、理事長の目尻が動く。
どうやら俺の言葉が癇に障ったらしい。
何勘違いしているのか知らないが、俺とアンタじゃ立夏に対する想いが違う。どいつもコイツも勘違いも甚だしい。



「立夏をどこに連れて行くつもりですか?」

「安心しろ。別に捕って食うつもりはねぇよ」



当たり前だ。
そんなことしたらぶっ殺してやる。



「コイツがこうなってるってことは何かしらあったんだろう。落ち着くまで安全なところで匿うだけだ」

「安全なところ?立夏をここに閉じ込めたアンタがそれを言いますか?」

「今は何と言われようと構わない。ただ今の立夏を奴等と接触させるのは得策じゃねぇ。そのくらいお前だったら分かってると思っていたが」

「……アンタに言われなくても分かってますよ」

「分かってるなら今はこっちに任せろ。お前の役目はここまでだ。とっとと部屋に戻って傷の手当でもしろ。くれぐれも周囲に勘繰られんじゃねぇぞ」

「それこそアンタに言われるまでもない」



俺がそんなヘマするかよ。
“風魔”である俺が確信に触れるものを一つでも残してしまったら、俺はもうこの世界では生きていけない。



「それとコイツ今日休ませるから芳行に言っとけよ」



そう言って理事長は無抵抗な立夏の腕を掴んでそそくさと歩き出した。
俺に一礼した後、秘書も2人の後を追うように姿を消した。



「……自分で言えよ」



いつもなら鏡ノ院である理事長なんかに立夏を任せることはしない。
しかし理事長は今の立夏の状況を理解しているようだった。流石の理事長でも今の立夏に手出すことはないだろうと思い、少しの間だけ様子を見ることにした。
それに今の立夏はいつもと様子が違い、理事長相手に特段嫌がってる様子はなかった。
寧ろ進んで理事長について行っているように見えたのは気のせいだろうか。


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