歪んだ月が愛しくて2
「で、何でここにいるんだ?」
「だからサボ…、睡眠学習だって言ったじゃん」
「俺はその理由を聞いてんだよ」
「理由って…」
『俺は一度だってお前を兄弟なんて思ったことはねぇよ…』
「………」
会長に話すようなことじゃないのは分かってる。
俺の個人的な問題を打ち明けたところで「だから?」って返されるのがオチだ。
でも会長の瞳があまりにも真っ直ぐに俺を見つめるものだから、思わず口が滑ってしまった。
「独りに、なりたくて…」
「………」
皆の前で上手く笑える自信がなかった。
あそこにいたら、きっと汐達に迷惑を掛けてしまう。
自分自身を落ち着かせるためにも、何れカナと向き合うためにも、しっかりしなきゃいけないと、気持ちを切り替えなきゃいけないと思って距離を置くことにした。
「チッ」
舌打ちの後、会長は突然立ち上がった。
「どこに行くんですか…?」
「そこにいろ」
質問の答えになってない。
会長は手に持っていたカップをテーブルの上に置いて給湯室に入って行く。
すると会長は5分もしないで戻って来た。
「ほら」
そう言って手渡されたカップに戸惑う。
「俺に…?」
「お前以外に誰がいる。いいから受け取れ」
「……どうも」
会長からカップを受け取ると、カップから漂う香りに唆られて思わずそれを口に含んだ。
「あれ、これって…」
よく見るとカップの中はいつものブラックじゃない。
「カフェオレだ」
温かい。
ああ、落ち着く。
「……美味しい」
「そうか」
不思議と、満たされていく自分がいた。
本当に不思議だ。
「でも、どうして俺に?何か槍でも振って来そうなんだけど」
「あ?」
「冗談ですよ」
でも、何で俺に作ってくれたんだろう。
まさか夢でも………あ、痛い。
「いつもは逆なのに」
自分でも口元が緩むのを感じる。
するとそれに気付いた会長がボソッと呟いた。
「……笑えるじゃねぇか」
「え?」
「いつまでも眉間に皺寄せてんじゃねぇよ」
「、」
会長の指先が無遠慮に俺の額を弾く。
痛みはなかったが、反射的に片手で額を抑えて会長を見つめた。
「……あの、もしかして慰められてる?」
「つまんねぇこと言ってないで飲め。冷めるぞ」
あ、否定しないんだ。
珍しく優しいと思ったら、そう言うことか。
「……ありがと」
「何が?」
「カフェオレ作ってくれて。しかも甘さ控えめで俺好みです」
「そうか」
「それと、傍にいてくれて」
「………」
「ありがとう」
ああ、何てシュールな絵図だろう。
会長と2人でソファーに並んでお茶してるなんて少し前なら想像も出来なかった。
それなのに今はこんなにも心が穏やかで、いつしかこの時間を大切にしたいと思う自分がいる。
(現金、だよな…)