歪んだ月が愛しくて2
立夏Side
「……追いますか?」
「いいよ、あんなビビリ放って置けば。どうせ誰かに助けを求める勇気すらないんだから」
村雨の言葉を軽く否定して、月は腹の底からバカにした声で白樺を“ビビリ”と称して嘲笑う。
何も知らない。
何も、知ろうとしない。
ああ、滑稽だな。
「それに白樺さんは僕の共犯者だよ。僕を裏切ったら火を見るのは自分も同じでしょう」
きっと、これが恐極月と言う人間の本質。
他人のことなんて一切考えない、誰よりも自分が一番可愛い自己中心的思考の持ち主で、自分より目立つ存在にはすかさずマウント取って常にチヤホヤされていないと気が済まない目立ちたがり屋のゲス。
そうでなければ、こんなことはしない。
「そんなことより、さっさと始めてよ」
そう言って月は俺の髪から手を離して、興味が失せたように腕を組んで壁に凭れ掛かった。
そして村雨に腕を掴まれた俺は手錠の片方を窓の格子に繋がれ、身動きが取れない状況に追いやられた。
正に絶体絶命の状況下で、俺はどうやってこの場から逃げるかよりも、どうすればこの症状から解放されるのかを考えていた。
でもこんな脳味噌が蕩けた状態でまともな考えなんて浮かばなくて、ガチャガチャと手錠を引っ張って抗うことしか出来なかった。
それを見て嗤う、月。
でも月は知らない。
「お、おい、コイツ…」
「ああ、さっきは気付かなかったが、お前眼鏡外すと化けんだな」
「稀に見る上玉じゃねぇか。こりゃ売るのが勿体ねぇな」
「どうです坊ちゃん、コイツうちで飼うってのは?組長も喜ばれるんじゃないですか?」
「……コイツにそんな価値ないよ。良くて商品、最低便所ってところじゃん」
「こんな上玉を便所に出来るなんて最高じゃないッスか。俺欲しいな」
「だから今日呼んであげたんでしょう。それだけでも有難いと思いなよ」
マウント取ったはずの人間に下克上を狙われていることも。
「じゃあ逃げたガキはもらってもいいッスか?」
「好きにしてよ」
逃した魚が大きかったことも。
「おい、カメラ回せ」
「準備完了」
「邪魔が入ると面倒だから入り口の鍵閉めとけよ」
「コイツ、もう立ってるのもやっとみてぇだな」
「あれ飲まされたらヤベーだろう」
「感謝してよね。原液ぶち込んでやったんだから」
「マジッスか!やっぱ坊ちゃん鬼畜〜!」
「あれを原液で飲まされてぶっ飛んでないのが逆にスゲーな。尊敬するわ」
「んじゃ、イキ狂ってもらいましょうかね」
「くれぐれも商品だと言うことをお忘れなきように」
「うっせー。テメーに言われなくて分かってんだよ」
また一歩、一歩と。
狩りを楽しむ獣の如く、ギラギラした両眼が獲物を捕らえる。
薬のせいで上手く喋れないのをいいことに、彼等の目には恰好の獲物に映っているはず。
薄暗い倉庫に取り残された、俺。
愉悦に浸って舌舐めずりする、男達。
月は、気付いていない。
何も知らない。
この状況が初めから仕組まれていたことにも。