歪んだ月が愛しくて2
「……彼、あんなあからさまに俺のこと嫌ってるのに簡単に頭下げちゃうんだね。何か意外って言うか……拍子抜け?」
「勘違いしないで下さい。立夏様が嫌っているのは貴方自身ではなく、貴方がその身に纏うものと臭いに反応されているだけです」
哀は「自意識過剰も大概にして下さい」と言わんばかりの冷たい目を忍足に向ける。
しかし忍足にダメージはなく、立夏が出て行ったドアを見つめて愉しそうに口角を歪めていた。
「極度の病院嫌いってわけね。こりゃ御大様の見立て通りだな」
「やはりあの男の差し金でしたか…。あの男が貴方に何を吹き込んだのかは存じませんが、これ以上立夏様に構うのはやめて頂きたい」
「何で?俺は立夏くんの主治医だよ?」
「寝言は寝て言って下さい。主人が貴方のような人間に大切な立夏様を任せると思いますか?」
「思わないねぇ」
「ましてや貴方はあの男側の人間。主人の天敵とも言える、あの家の―――」
「まあ、その言い分は間違いじゃないね。でも俺は医者だよ。医者はどんな患者にも平等だし、そこに私情は挟まないよ。俺は優秀だからね」
「では、何故貴方がここに来たんです?あの男の差し金で立夏様の様子を見に来たのでは?」
「だから俺がここに来たのは偶々だって。本当“鏡ノ院”は疑り深いな」
「狸よりはマシだと思いますが」
「うわっ、メチャクチャ嫌われてるじゃん」
「お互い様です」
ゲラゲラと笑い出す、忍足。
その様子を横目に哀は表情豊かな忍足に不信感を抱く。
医者のくせに感情豊かで、考えていることが顔に出易い忍足の“態とらしさ”に、哀は常々食えない男だと思っていた。
本来互いの立場を考えれば致し方ないことだが、哀の不信感を増幅させたのは忍足が立夏の存在に食い付いたからだ。
「確かに御大様が“鏡ノ院”を嫌っているのは間違いないね。……いや、嫌ってるって言うか恨んでるって言った方が正しいかな」
「………」
「勿論、心当たりはあるよね?」
「……貴方の目的は何です?何故このタイミングで立夏様の前に現れたのですか?」
ふはっと、忍足は耐え切れずに吹き出した。
そんな忍足に哀は体裁を取り繕うのをやめて不快感を露わにした。
「……何が可笑しい?」
「いや、だって、そんな分かりきったこと聞くんだもん。そりゃ笑っちゃうでしょ」
「………」
「まあ、俺としても雇われの身だから雇い主の許可なくペラペラ喋ることは出来ないけど、強いて言うなら―――」