歪んだ月が愛しくて2



立夏Side





何の冗談かと思った。
文月さんに文句を言いに来たはずが、どう言うわけか今一番会いたくない人が目の前にいた。
それも俺の大切な人と一緒に。



「リツ、何でお前がここに…っ!?」



文月さんは俺が理事長室に足を踏み入れるとそれはそれは大層驚いた様子を見せて執務机を叩いたと同時に席を立ったが、俺の後ろから哀さんが姿を現すとこの状況を理解したようで鋭い視線を哀さんに送った。



「哀、お前勝手なことを…」

「申し訳ございません」

「俺が戻るように頼んだんだよ。哀さんは悪くない」

「何でそんなこ…「リカぁあああああ!!」



ガバッと、2本の腕が俺の腹に巻き付く。
未空は文月さんの言葉を遮って勢い良く抱き付いて来た。



……うん、想定内。

腹に力入れといて正解だった。



「良かった!リカが生きてる!」



勝手に殺すな、と内心思った。
でもあれだけのことをした俺に何の躊躇もなく抱き付いて来た未空の笑顔に安心してしまい、そんな風に突き放すことが出来なかった。



「……ごめん、勝手にいなくなって」



本心でそう思っているからこそ余計に。



「リカが無事に帰って来てくれたから許してあげる。それに勝手にいなくなったのはリカの意志じゃないんでしょう」

「え?」

「理事長から聞いたよ」



何を?

どこまで?



そう思わずにいられないのは先程から刺さるような視線を感じるからだ。



「立夏くん、心配したんですよ」

「元気そうで何よりじゃん」



未だ未空に抱き付かれているため自然と他の覇王が集まって来た。



「ご心配を、お掛けしました…」



視線の正体は、この人。



「立夏…」

「、」



目を合わせることが出来なかった。
でも少しだけ距離が縮まったことでシトラスの香りがふわりと鼻腔を擽る。
そして視界に入って来たのは男らしい角張った大きな手と、捲られたワイシャツから覗く引き締まった腕。
それらを近くで目の当たりにして自然と思い浮かぶのは、何度も脳裏から消したいと思ったあの日の出来事だった。
その手が俺に触れて、その腕に抱き締められて、包み込む優しい匂いもはっきりと覚えている。



バクバクと、心臓の鼓動が早い。



ヤバい。

俺、絶対顔真っ赤だ。



「リツ」



兄ちゃんの声にスッと未空が離れて行く。
俺も兄ちゃんの存在を改めて認識したことで自然と冷静になれた。
会長のせいで赤くなった顔も今では元通りになったはずだ。
兄ちゃんは俺の元まで歩み寄ると俺の存在を確かめるように痛いくらい強い力で肩を掴んで離さない。



「リツ、無事で良かった…」

「………」



兄ちゃんは俺の肩を掴んだまま俺の首筋に項垂れるように顔を隠した。
でも顔が見えなくてもその声を聞けば兄ちゃんにどれほど迷惑を掛けたのか容易に理解出来た。
いくら文月さんに拉致られたとは言え抵抗しようと思えば出来た。逃げようと思えばいくらでもその隙はあった。
ただそれをしなかったのは俺自身が皆の元に帰ることを望んでいなかったからだ。文月さんのせいじゃない。



「ごめんね、兄ちゃん」



こんな俺が義弟で、本当にごめん。



「リツ…」



ふと兄ちゃんの後ろから静かに現れたカナに違和感を覚える。



「カナもごめんな。……てか、何か元気なくない?どうしたの?」

「い、いや、別に、何でもない…」

「そう?」



気のせいだったのかな。


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