歪んだ月が愛しくて2



それから未空達が会長を、兄ちゃんが文月さんを抑えてくれたお陰で落ち着いてソファーに座ることが出来た。
一応理事長室だから上座の1人用のソファーには文月さん、その一歩後ろに立つ哀さん、そして5人掛けのソファーに会長・未空・陽嗣先輩・九澄先輩、反対側のソファーに兄ちゃん・俺・カナの順で座った。



「何なんだよ、アイツ…」

「アイツって?」



カナは何やら躊躇うようにクイッと顎で会長を示した。



「会長?何かあったの?」

「………別に」



いや、どう見ても何かあったでしょうその感じは。



「そう言えば何で兄ちゃんがここにいるの?」

「カナからリツが怪我したかもしれないって聞いてその真偽を確かめに来たんだよ。居ても立っても居られなかったからね」



どうやらカナはルームメイトの西川くんから俺が会長にお姫様抱っこされたまま学生棟に入って行ったと聞いて、それを文月さんに確認したところ相手にされなかったため仕方なく兄ちゃんを嗾けて文月さんの元に乗り込んで来たらしい。

まさか西川くんに見られてたとはな…。
西川くんに見られたってことは他の生徒にも目撃された可能性は高い。
どうせあることないこと噂されるならもう少し避難して置いた方が良かったかな。
文月さんも文月さんだ。態々俺を学園から遠ざけたくせに何カナに追及されるようなことしてんだよ。カナの性格知ってんだろう。そこは適当に誤魔化すところだろうが。



「体育祭の時に何があったのかも聞いたよ。大変な目に遭ったね…」

「迷惑掛けてごめんね。でも俺はもう大丈夫だから」

「迷惑なんて思うわけないでしょう。寧ろリツの場合はもっと迷惑掛けていいんだよ、危ない目には遭って欲しくないけどね」

「ははっ…」



何も言い返せなくて苦笑する。
そう言うのが一番返答に困るからやめて欲しい。



「ただ今回のようなことが度々起こるならここにリツを残して帰ることは出来ない。もしリツが辛いならここを辞めてもいいんだよ」

「え…」



辞める?

聖学を?



「チサ!」

「文月くんは黙ってて」



兄ちゃんの発言にここにいる俺以外の全員が動揺を隠せずにいた。



「僕が文月くんにリツを任せたのは文月くんがリツのことを大切に想ってくれているからだよ。文月くんならリツを守ってくれると思ったから…。でもまたこんな目に遭うくらいなら誰も知らないどこかに身を隠した方が…「待って」



色々とツッコミどころ満載だな。
まず文月さんが俺のことを大切に想ってる云々は今まで見て見ぬふりをして来たことだからとりあえずスルーしよう。
でも“またこんな目に遭うくらいなら…”って何?“また”ってどう言うこと?
聖学に入学してからのことを言っているならまだいい。
でも兄ちゃんの言う“また”が聖学に入学する前のことを指しているなら話は変わって来る。
何で兄ちゃんがあのことを知っているのかは分からない。
俺の口から話したことは一度もない。
兄ちゃんにも、カナにも、文月さんにすら自分から話したことはなかった。



それなのに…、



「リツ…?」



ねぇ、いつから知ってたの?

知った上で俺を文月さんに預けたの?



喉に閊える疑問は恐らく口にした瞬間どれも肯定されるだろう。

だからその前に自分の口から言わなければいけない。



「俺、ここを辞めるつもりはないよ」



兄ちゃんが余計なことを言う前に。



「それと誰かに守ってもらうつもりもないから」



俺が余計なことを思い出す前に。


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