歪んだ月が愛しくて2
「立夏っ!」
「………」
背後から声を掛けられて足を止める。
でも振り返る気にはなれなくて、俺は相手に背を向けたままその場で立っていた。
それでも相手が何も言わないのは本人にも後ろめたいところがあるからで、頼稀は俺と一定の距離を保ったまま話し掛けて来た。
「1人で平気だって言ったはずだけど」
「っ、……立夏、俺の話を聞いて欲しい。確かに俺はあの男のことを以前から知っていた。だけどそれをお前に言わなかったのは…「頼稀が」
言い訳も、懺悔も、何も聞きたくない。
誰にだって過去はある。
未空のように過去の過ちを悔いたり、俺のように過去の思い出に浸って抜け出せなかったり、人それぞれだ。
だから、責めてるわけじゃない。
覆らない事実は何をしたって変えられないのだから。
でもさ、何かやっぱり…。
「頼稀が俺に生徒会を辞めさせたかったのは、そう言うことだったんだな」
少しだけ、寂しいよね。
「り…「悪いけどマジで調子悪いから1人にさせて」
「、」
そう言って一度も振り返ることなく、再び真っ白な空間を歩き出す。
誰がどこで聞き耳を立ててるのか分からないのに、あんな風に感情を曝け出すのは危険行為だ。
そう自分に言い訳して逃げるように足を速める。
でも俺が本当に逃げ出したかったのは病院からでも自分の境遇からでもなく、臆病で情けない自分自身を誰にも見られたくなかったからだ。
(八つ当たりなんてみっともねぇな…)
一瞬、頭に過った笑顔を消し去るように固く瞼を閉じてから薄く開く。
「、」
ズキンと、頭に鋭い痛みが走る。
鼻につく薬品の臭いも、やたらと目を引くあの色も、この空間にいるだけで何もかもが苦痛だった。
頼稀の制止も聞かず強行したくせに結局はこのザマだ。
自分の意思の弱さに情けなくて涙が出る。
ふらふらと、そのまま力なく廊下の壁に凭れて一旦足を止める。
『―――いつもここにいるな』
持ち上げた両手が情けなく震えている。
『行く宛てがないなら俺んち来いよ』
みっともなく、身体も震えた。
……やめろ。
もう、やめてくれ。
『なーに変な顔してんのさ?俺達もう仲間っしょ!』
いつだって瞼の裏に浮かぶ、アイツの笑顔。
その笑顔に釣られて仕方なく頬を緩ますのは、俺の可愛い獣達。
それだけで良かった。
それ以上の幸せなんてないと思っていた。
なのに…、
『…ごめん、シロ……』
震える両手を顔に押し付ける。
俺が壊した。
アイツの笑顔も、仲間の笑顔も。
何もかも、俺のせいで壊れてしまった。
泣きたかった。
あの日のように、泣いて叫びたかった。
何もかも全部壊れてしまえばいいと本気で思った。
消えてしまいたかった。
自分と言う存在すら、最初からなかったかのように…。
もう、どうしようもなく、皆の前から逃げ出してしまいたかったんだ。