歪んだ月が愛しくて2
スッと、席を立つ。
「どこに行く?」
そんな俺に真っ先に声を掛けたのは頼稀だった。
「ちょっと気分が悪いから先に車に戻っててもいい?」
「え、リカ体調悪いの?大丈夫?」
「立夏くん大丈夫?1人で歩ける?」
「そこまでじゃないよ。多分薬品の臭いで酔ったのかも…」
「うちの車で横になってなよ。運転手には外で待機するように言って置くから」
「でも皆は?」
「俺達はここでエンジェルが帰って来るのを待ってるよ。それまでゆっくり休んでなよ」
「じゃあ俺も…っ」
「汐、空気を読めよ」
「……本当に、1人で大丈夫なのか?」
「平気だよ」
そう言って俺は談話室を出てみっちゃんの車が停めてある駐車場に向かって歩き出した。
駐車場までの道のりは行きと同じなので迷うことなく足を動かす。
(ここに来るのはもう何度目だろう…)
廊下を歩いて真っ先に目に付くのは富裕層向けの高価な絵画や美術品ではなく、吐き気がするくらい穢れのないあの色。
壁紙、照明、ソファー、白衣。せめてもの救いは看護師が着用する制服が白ではなく水色や薄いピンクなことくらい。
それでも目に付くあの色を完全にシャットアウトすることは出来ず、真っ白な空間をただただ前に進むしかなかった。
………まだだ。
こんなところで立ち止まるわけにはいかない。
俺には、まだやらなきゃいけないことがあるだろうが。
当初の予定通りにはいかなかったが、葵の友達と接触することは叶った。
邪魔者がいたせいで本来の目的は達成出来なかったが、あんな葵を見せられたらもうそんなことはどうでもいいと思った。
杜山くんの“鬼”に対する感情がどうであれ、結局俺がやることは変わらない。
―――キョウ。
お前だけは、もう一度俺の手で壊してやる。
ただ引っ掛かるのは協力者の存在だ。
キョウに手を貸すと言うことは狙いは白夜叉なんだろうが、正直心当たりが多過ぎて絞り込めない。
それに“鬼”のシキ。
以前“B2”で名前が上がったから一応結城さんに頼んで調べてもらったけど、考えれば考えるほど何でシキが白夜叉を狙うのかが分からなかった。
シキの存在は聖学に来るまで知らなかったから面識もないはずだし、これと言った接点も思い当たらない。
……分からない。
シキの狙いも、その目的も。
ただ、はっきりしたこともある。
『ああ。それにこうも言ってた―――あの日と同じ、夏に事を起こすと』
キョウの目的は間違いなく俺だ。
そして奴が仕掛けて来るのはあの日と同じ―――俺の大切なものをぶっ壊した日。
「本当、クソ野郎だな…」
あえてあの日を指定したのがその証拠。
それともう一つ―――。