歪んだ月が愛しくて2



「な、んで、ここに…」



そこには会長だけでなく他の覇王も勢揃いしていた。

彼等は俺と目が合った途端、酷く驚いた表情を見せたが…。



「リ、カ…」

「りっちゃん?」

「立夏くん、大丈夫ですか…?」



今の俺には彼等を気遣えるほど、余裕がなかった。



「っ、す、いません、俺…」



早々に手を払ってしまったことへの謝罪を済ませ、彼等の前から立ち去ろうとした。



「……体調が悪いのは本当みたいだな」

「え…、」



つい聞き返したのがいけなかった。
俺が足を止めたその一瞬の隙に、会長は俺の身体を軽々と持ち上げ、あろうことかお姫様抱っこされてしまった。



「な、何っ!?」

「しっかり捕まってろ、落ちるぞ」

「お、落ちるぞって…、待って、止まってっ」

「そんなふらふらの状態で何言ってる?いいから大人しく捕まってろ」

「そんなこと、言われても…」

「気になるならこれで顔隠してろ」

「………」



普段の俺ならこの程度の攻防戦で言い負けたりはしない。
でも体調の悪さと早くこの空間から抜け出したい気持ちが羞恥心に勝って、俺は会長に言われるがまま拾ってくれた黒のキャップを深く被って会長に身を委ねることにした。眼鏡とマスクを胸の中心で握り締めたまま。



駐車場に着くと、みっちゃんの運転手が車外に出て待っていてくれた。
運転手は会長に抱えられている俺を目にすると、何も言わずに後部座席のドアを開けて俺と会長の乗車を許した。
会長は俺を抱えたまま後部座席に乗り込むと、俺を座席に横たわらせて反対の座席に浅く腰を掛けた。
ドアが閉まる直前「何かありましたらお声掛け下さい」と言って運転手がドアを閉めた。



「はっ、はっ、は…っ」



直後、俺は両手で口元を覆って浅い呼吸を繰り返した。



「立夏」



身体を丸めて座席に横たわる俺の背中を会長の大きな手が何度も上下に行き来する。
ここに来るまで平常心を保とうとしたのがいけなかったのか、運転手がいなくなった途端、過呼吸に近いそれが一気に襲って来た。



「大丈夫だ。ゆっくりと息を吐け。……そう、その調子だ」



俺の背中を摩る会長の手が徐々に遅くなっていく。
そのリズムに合わせて呼吸を繰り返していると、次第に過呼吸のような症状が治って来た。
それでも会長の手が俺の背中から離れることはなかった。
正常な呼吸が出来るようになった頃、会長は上下に動かしていた手をポンポンとまるで小さな子供をあやすような動きに変えた。



「少しは楽になったか?」



あの空間から抜け出せたことで幾分か呼吸がし易くなった。

頭痛は……まだあるけど、いつもの偏頭痛だから暫くすれば治るだろう。



「はい。ご迷惑をお掛けしました。もう1人で大丈夫ですから…」

「そうか」

「………」

「………」



……あれ?

行かないの?

俺の話ちゃんと聞いてた?



「………あの、だから、もう未空達のところに戻った方がいいんじゃないですか?」

「俺がいたら迷惑か?」

「え、別に、そんなことはないけど…」

「だったら俺のことは気にするな」



いや、無理でしょう。

目の前にいたら嫌でも目に入るし気になるわ。

そう言えば他の覇王も俺達の後について来てたのにあの3人は乗らなくても良かったのだろうか。



「お前は少し寝てろ。目を瞑ってた方が楽なんじゃないのか?」

「まあ、そうだね…」



でも目を閉じて羊を数えても会長の視線が気になって眠ることが出来なかった。
それでもまだ身体は怠くて横になっていた方が楽だったので、俺は被っていたキャップを取り座席の上で寝返りを打って横向きのまま会長の顔をジッと見つめ返した。



「……眠れねぇのか?」

「そんな視線を送られておちおち寝れるわけないじゃん」

「そんな視線って?」

「聞きたいことがあるなら遠慮せずにどうぞ。どうせさっきのことでしょう」

「………」



会長には問い詰められても仕方ないと思っている。
俺の正体を黙認している以上ある程度のことは把握して置きたいだろうし、覇王としても聖学の生徒に被害が及ぶのだけは避けたいはずだ。



「……お前の急な体調不良はさっきの話が原因か?」

「え?」



と思いきや、会長の言葉は俺が想像するものと違っていた。



もしかして…、さっきの話のせいで俺が具合悪くなったと思ってる?

もしそうだとしたらどんだけお人好しなんだよ、この人。



でも悪い気はしない。

寧ろ会長への想いを自覚してしまったせいで嬉しいなんて思ってしまった。

我ながら現金で嫌になる。


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