歪んだ月が愛しくて2
「―――や、ちゃった…」
強烈な衝撃音と共に黒っぽい物体が宙を舞い床に落下した瞬間、破片が粉々となり床一面に散乱した。
その一連の動作を目撃した友人達はピタッと言葉を閉した。
大きな目をこれでもかってくらい見開く者もいれば、驚きのあまり開いた口が塞がらない者やこの後の展開を想像して口元を引き攣らせる者もいた。
いや………、うん。
自分でも自覚してるけど、本当ごめん。
直近で目撃していた友人達がこんな状態なのは無理もないが、他の客達も突然の破壊音と床に散らばった破片に動揺して状況が飲み込めずにいた。
と思った矢先、バタバタと複数の足音が近付いて来た。
「立夏!?」
「リカ!何かこっちの方で凄い音したけどだいじょ……、うわっ、何この残骸!?」
「これって、確かパンチングマシーンの部品じゃ…」
「……まさか、立夏くん、壊しちゃったんですか?」
「………つい」
「いや、ついってレベルじゃないでしょうよ。りっちゃんどんだけパワフルなわけ?てか、ゴリラ並の威力ってヤバくね?」
はいはい、その通りですね。
どうせ俺はゴリラですよ。
陽嗣先輩の戯れ言はさておき、問題は壊してしまったものをどうするかだ。
故意に壊したつもりはないにしろ、ここまで完全に破壊したとなると弁償は免れない。
しかも何を隠そう壊したのはこれが初めてではなかった。
あの時はヤエがいてくれたから穏便に済ませてもらったけど、今の俺にそのカードは切れないし、下手に正体を明かしてアイツ等に知られたら元も子もない。
だからって何百万って額をポンッと出せるほど手持ちはないし、俺の貯金は全部アイツに預けてるから今すぐには引き出せないし、どうしたものか…。
「う、そ…、これ、本当にリカが壊したの…?」
「あー……うん、そう「スゲー!!何かドン○ーコングみたいだね!!」
誰がドン○ーコングだ!!
どいつもコイツも人をゴリラ扱いしてんじゃねぇよ!!
どう見てもヒト科だろうが!!
「お前、自分の手は大丈夫なのか?」
「手?別に大丈夫ですけど…」
会長が俺の左手に嵌めていたグローブを引き抜くと、両手で俺の左手を優しく包み込む。
「……怪我は、なさそうだな」
「………」
……これだよ、これ。
こう言うところが質悪いんだよ。
他人に興味ありませんみたいな顔して大抵のことには動じないくせに、何でこう言う時に限って目敏いかな。
何俺の心配してるわけ?
普通は壊した物の弁償とか店への対応とか、そう言うもんの心配すんじゃねぇの?
ああ、クソッ。
人の気も知らないでズカズカと遠慮なく踏み込んで来やがって、俺の気持ちを弄ぶんじゃねぇよ。
こう見えても俺はな、ちょっと優しくされただけですぐグラッと来るような単純な男なんだからな。
「………チャラ男め」
「は?」
何言ってだコイツ、みたいな顔が余計に腹立たしい。
「……さっきの女の人は?」
ふと気付いた。
あれほど会長に密着していた彼女の姿がどこにもない。
不思議に思い、何気なく問い掛けると。
「問題ない」
いや、何が?
それ全然答えになってないから。
別に彼女がどこに行ったって構わないけど、バリバリ牽制された俺としてはその後会長と彼女がどうなったのか気になるところではあった。寧ろ知る権利があると思う。
「帰ったの?」
「ああ。今後二度とお前の前に姿を見せることはないから安心しろ」
「安心って何?別に俺は何とも…」
「嫌な思いさせて悪かったな」
「……別に」
人の気も知らないで当たり前のように俺の頭に手を置く会長に、それ以上の返す言葉が見つからなかった。