歪んだ月が愛しくて2



ガチャ、と。

徐に事務所のドアが開け放たれた。



無意識に身構える。



事務所から出て来た人物は、店長と、ナツだけ。



立夏がいない。



そのことに気付いたのは俺だけではなかった。



「あれ、リカは…、リカはどこっ?」



迷子の子供のような心細い声で、未空が叫ぶ。
そんな未空の台詞にナツは「リカ…?」と眉を顰めて険しい表情を見せた。



「な、中にいたでしょう。黒髪で眼鏡を掛けた…」

「……ああ、あれか」

「あれって…、」



未空がナツに詰め寄ろうとした瞬間、俺は未空の襟首を掴んで制止した。
案の定、未空は「何で止めるのさ!?アイツ、リカのことあれ呼ばわりしたんだよ!ふざけんな!」と喚き出すから仕方なく未空の口を片手で塞いで大人しくさせた。
未空が吠えるのも無理はない。
俺もいつもなら止めたりしないが、今回は相手が悪い。立夏のことを考えたら無闇矢鱈に接触させるべきじゃない。



反対にナツの方は未空に興味がないようで、俺等の睨みを一身に受けながらも何てことない顔をして店長の元へ向かった。



「……分かっているな?」

「は、はいっ!お任せ下さい!」



そんな店長の立ち位置に違和感を覚える。
事務所のドアを背に警備員張りの姿勢の良さで立ちはだかる店長は、まるでこれ以上先に進むことを拒んでいるように見えた。



普通に考えれば中にいるのは立夏だけだが…。



「おい!何でアンタ達は出て来てんのにリカがまだ戻って来ないんだよ!?」

「……喚くな。貴様等の連れは中で作業中だ。それが済めば解放してやる」

「作業って、リカに何やらせてんだよ!?」

「それを貴様等に説明してやる義務も義理もない」

「っ、でも、心配なんだよ!リカは俺達の友達で…、大切な仲間なんだから!」



ピクッと、ナツの顳顬が微かに動く。



「仲間、ね…」

「、」



途端、ナツの目が鋭さを増した。
ナイフのように鋭利で危険な視線が一直線に未空を貫く。
ナツの声の低さや殺伐とした雰囲気に飲まれた未空が無意識にごくっと息を飲む。



「あの、話を遮って申し訳ないのですが、いくつか質問しても宜しいですか?」



そんな未空に助け舟を出したのは九澄だった。
未空とナツの視線が一斉に九澄へと注がれる。
2人の視線を一身に受けた九澄はいつもの胡散臭い笑顔を貼り付けるわけでもなく、どこか緊張感のある面立ちでナツを見つめていた。
「……何?」と機嫌の悪さを隠すことなくナツが聞き返す。



「まず初めに僕は皇九澄と申します。立夏くんとは同じ学園に通う先輩後輩の関係で仲間でもあります。ああ、ご存知だと思いますが、立夏くんと言うのは今中にいる彼のことです」

「……それで?」

「失礼ですが、貴方のお名前は?」

「ハッ、それこそ貴様等に名乗る必要があるか?」

「その出で立ちと店長の態度から想像するに、八重樫組の方とお見受けします」

「へぇ…、そこまで分かってるくせに普通に話し掛けて来るとかどんだけ怖いもの知らずなわけ?それとも“皇”相手に下手なこと出来ないって高括ってんの?だとしたらその認識は改めた方がいいよ。八重樫はそう言うのに一切囚われないキチガイ集団だからね」

「存じています」

「言うね。……気が変わった。アンタの度胸に免じて特別に答えてやるよ」



ナツの言葉に耳を疑った。
それでも今この瞬間までは適当な偽名を名乗ってこの場をやり過ごすものだと思っていた。



しかし、ナツが放った言葉はあまりにも非情なものだった。


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