歪んだ月が愛しくて2



「俺の名前はナツ。姓はない、ただのナツだ」



(……この男、正気か?)



心のどこかで、この男は立夏の不利になることは言わないと思っていた。
いや、立夏が信頼を寄せるほどの人間が、立夏へと繋がるかもしれない自分の素性をそう簡単に喋るとは思えない。
若しくは立夏の正体を匂わせて俺等から引き離すのが目的か…。



チラッと風魔の横顔を見れば、どうやら困惑しているのは俺だけはないようだ。



嫌な緊張感が充満する。
緊張なんて俺には無縁だと思っていたが、立夏が絡むとどうにも上手くいかない。



ナツの狙いは何だ?

何のために俺等の前に現れた?



……考えろ。

俺がこの男の立場なら、立夏のために何が出来るのか。



「ナツさん、ですか…」

「お、おい、確かその名前って…」

「も、しかして、白夜叉の側近の…」



にぃ、と口角が上がる。



それは無言の肯定だった。



その瞬間、ずっしりと重い空気がこの場を支配した。



「貴方が、白夜叉の側近…」

「おいおい、マジかよ…」

「で、でもっ、アンタは八重樫組の人間なんだろう?だからここに来たんでしょう?それに八重樫組にいる白夜叉の側近って、確かヤエって人だったはずじゃ…」



動揺を隠せない未空達とは反対に、ナツは毅然とした態度を崩さない。



「俺がいつ八重樫だと名乗った?言ったはずだぞ、俺はただのナツだと。まあ、現状八重樫に預けられているのは事実だから仕事の手伝いをする時もあるが、それはあくまで手伝いだ。頼まれたこと以上の仕事をするつもりはないし、貴様等のオトモダチがどうなろうと俺の知ったことじゃない」

「、」

「アンタにとっちゃ白夜叉以外の人間はどうでもいいってことかよ…」

「愚問だな。あの方は俺の全てだ。自分の命より他人の命を優先するバカがいないのと同じ理屈だろう」

「……ではナツさん、貴方がここへ来たのは八重樫組の手伝いの一環と考えて宜しいのですか?」

「ああ。そこの店長から事務所に連絡が入ったから様子を見に来ただけだ」

「リ、リカを、どうする気なの…?」

「別に中のガキをどうこうするつもりはない。こっちとしては全額弁償してくれればそれでいいからな」

「ほ、本当…?」

「今ここで嘘を吐く必要があるか?貴様等との会話を引き延ばしたところで俺には何一つ得がないってのに」

「……確かに」



……成程な。
徐々にナツのやろうとしていることが見えて来た。
自分の立場を利用してあえて立夏の存在をぞんざいに扱い、自分にとって白夜叉以外はどうでもいいと思わせることで、立夏と白夜叉の結び付きを完全に消そうとしているのか。
何とも大胆で紙一重のような危ういやり方だが、そうまでして立夏と接触したかったと言う心理が手に取るように分かる。


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