ビター・ハニー・ビター
薄暗い廊下を歩く目の前の男。黒髪マッシュの髪型は、言っちゃなんだが(言ったけど)某有名アニメの主人公そっくりで、密かに秘書課内で決定されていたあだ名もしっくりきていた。(バレたけど)
だけど……初めて間近で見たけど意外と身長は高いのね。それにすっきりとしたうなじは日に当たったことが無い生まれたてのように綺麗だ。何度もいうけど、振り向けば某有名アニメの主人公だけど、何気にスペック高くない?
同じ会社の陰キャ筆頭、システム開発課の小鳥遊棗《たかなしなつめ》。確か、あたしよりも歳下だったかな。仕事はできるって噂だけど、如何せん情報が少ない。少ないと言うより、アウトオブ眼中すぎて、このあたしでも片手が余る程度の情報しか持ち合わせていない。
もちろん初めて話したし、声も初めて聞いた。
「…言っとくけど、汚いよ」ぼそりと聞かされる社交辞令のような言葉に「期待してないから平気」と雑に返事をして、部屋に入った瞬間、
───出迎えたのは、空き巣にでも入られたのかと見違う程の荒れ模様の部屋。
どんよりとした空気、というより、部屋自体がじめっとして黒い。幽霊でもいるのか、部屋まで陰湿なのか。
外観を見る限りデザイナーズマンション。お洒落過ぎる間取りのくせに、何この部屋。成程、事故物件か、だから歳下なのに住めたのか。
「何この部屋、空き巣が入った?八階なのに?それとも事故物件?幽霊でも出るの?」
変な結論に至ると同時に、脳内の疑問が余すことなく全部口から出た。小鳥遊棗は面倒そうに口からため息を零す。
「だから汚いって言ったじゃん」
「普通さ、男の"部屋汚い"は精々脱いだ服そのまま〜くらいでしょ?何よこの部屋!汚部屋じゃん!」
「……普通って何」
「論点が違う。ちょっと待って、色々整理させて」
額に手を宛てて、出したかったため息をこぼす。