ビター・ハニー・ビター
────目が逸らせない。
真っ黒な前髪が重くて、鬱陶しくて、煩わしくて。
顕になった瞳も結局は見えない。
なにも始まることは無い、なにか起こるわけでも無い。決めつけていたのは、あたしの方。
─────ただ、そうだ。
あたしは女で小鳥遊棗は男だって、今更気付いた愚かな脳みその奥で、赤いランプがくるくると点滅した。
「帰らなかったの、あんたの方だよね」
荒れもしていない長い指先が、カーテンのような前髪を掻き分けた。
瞬間。あろうことか、あたしの背筋にヒヤリとしたものが流れた。
───おそろしいまでに美しいまなざし。
なんて綺麗な顔を目の前にして、瞬きするしかできない、情けない身体。
そうだ、綺麗なものは他人の視線を、脳内の思考を奪う。
ぽかん、と間抜けに口を開くあたしを見透かしたように、小鳥遊棗は口の端っこを上げた。途端に、浮世離れした妖艶さを纏う表情に、ぎゅ、と心臓が縮こまる。
縮こまっている場合ではない。
おそらく、どこかであたしはこの男の何かに触れた。
ぎらぎらと揺れる色情を、瞳にねむらせた獣の本能を、叩き起したのだ。
「無欲か不能か……童貞か?あんたが試してみたら」
逸らせない、身体もぴくりとも動かない。ゆらゆらと漂う瞳孔が、うるさく鳴り響く心臓の音だけが、あたしが生きていることを知らしめている。
「っは、う、そ、冗談、」
なんとか必死で息をしたあたしの口を、その男は容易く塞いだ。
きっかけは取るに足らない小さな出来事。
ひっくり返った世界は、誰の手のひらで転がされているのか。
気付かぬ間に手のひらから転がり落ちているのか。
その先に待つのは断崖絶壁の崖の下?
それともふかふかのベッドの上?
たったひとつだけ言えることは、これはあまい恋の話ではないということだけ。
真っ黒な前髪が重くて、鬱陶しくて、煩わしくて。
顕になった瞳も結局は見えない。
なにも始まることは無い、なにか起こるわけでも無い。決めつけていたのは、あたしの方。
─────ただ、そうだ。
あたしは女で小鳥遊棗は男だって、今更気付いた愚かな脳みその奥で、赤いランプがくるくると点滅した。
「帰らなかったの、あんたの方だよね」
荒れもしていない長い指先が、カーテンのような前髪を掻き分けた。
瞬間。あろうことか、あたしの背筋にヒヤリとしたものが流れた。
───おそろしいまでに美しいまなざし。
なんて綺麗な顔を目の前にして、瞬きするしかできない、情けない身体。
そうだ、綺麗なものは他人の視線を、脳内の思考を奪う。
ぽかん、と間抜けに口を開くあたしを見透かしたように、小鳥遊棗は口の端っこを上げた。途端に、浮世離れした妖艶さを纏う表情に、ぎゅ、と心臓が縮こまる。
縮こまっている場合ではない。
おそらく、どこかであたしはこの男の何かに触れた。
ぎらぎらと揺れる色情を、瞳にねむらせた獣の本能を、叩き起したのだ。
「無欲か不能か……童貞か?あんたが試してみたら」
逸らせない、身体もぴくりとも動かない。ゆらゆらと漂う瞳孔が、うるさく鳴り響く心臓の音だけが、あたしが生きていることを知らしめている。
「っは、う、そ、冗談、」
なんとか必死で息をしたあたしの口を、その男は容易く塞いだ。
きっかけは取るに足らない小さな出来事。
ひっくり返った世界は、誰の手のひらで転がされているのか。
気付かぬ間に手のひらから転がり落ちているのか。
その先に待つのは断崖絶壁の崖の下?
それともふかふかのベッドの上?
たったひとつだけ言えることは、これはあまい恋の話ではないということだけ。