ビター・ハニー・ビター
ステップ1・ビターな男
食べたことの無い願望ばかり並べても、思い通りになったことの方がずっと少ない。
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AM7:45
おろしたばかりのネイビーのパンプスを威勢よく鳴らして会社近くの駐車場にたどり着く。
男と別れたら新しい靴をおろすのがあたしのマイルール。Diorを捨てたのは正直痛いけれど、JIMMY CHOOが履けと言っていたに違いない。そういうことにしておこう。
華奢な腕時計を確認する、そろそろだ。
あたしの心の声を聞いていたのか、空気を振動させるエンジンの音が聞こえた。白い大きな四駆があたしを横切れば、重厚音が起床二時間の鼓膜に響く。
あたしの気も知らないで、いや、予想してか、颯爽と車からおりたのは朝から爽やかな男性。年齢よりもずっと若々しくて、とてもじゃないけれど、孫がいるようには見えないその人は「おはよ。早いな」と、白い歯を見せる。
いつもなら、専務、今日も素敵です〜。とすぐに猫を飼うのだけど、今朝はそんな気分にもなれずに口をぎゅっと結ぶ。
「色々とお話を聞きたくて」
けれどもなんとか頑張って、わざとらしくハートを語尾にくっつけると「朝帰りでは、さなさそうじゃん?」と、専務もまたわざとらしくあたしの服を指さす。
朝帰りって、なんでそこまで見抜く!?と一瞬怯んでみるけれど、あの男は表面に痕をひとつも残さなかったし、服も着替えているからバレないはず。粗方専務がカマをかけただけだろう、と、思いたい。
……まさか、本性知ってます?
この疑問は、諸刃の剣だ。自ら粗相を白状することに繋がる。とぼければいいのだけど、生憎そこまで元気がない。