ビター・ハニー・ビター
「忘れものですか?」

別れたばかりの専務だと思ったのに、───漂う香りが別人だった。

「なんか忘れたの」

無気力な低音が届けば、つい、数時間前に耳元で聞いた息遣いが鼓膜の奥に蘇る。

その男は今日も丸くて分厚い眼鏡までを前髪が鬱陶しそうに覆い被さって邪魔そうだ。見えてんのかな、あれ。と、不安に思う。冷たいオーラを纏うその男は平然と隣に立つと、緑色の箱をぱくりと開けた。

「…なに」

あんぐりと口を開ければ、遂にぽとりと灰が落ちる。

「いやいやいや、職場で話しかけんなって、昨日言ったよね!?」

「今、そっちが話したんじゃん」

「専務と間違えたの!」

取り留めのない言い訳を言えば「ふーん」と起伏のない声で相槌をする男。

塩すぎだろ、それが昨日抱いた女に対する対応?
他人ですか。そうかいそうかい。他人ですよ!

意味の無い闘争心を煙と一緒に吐き出した。

「あの、見たと思うけど、専務と話してあんたの件乗ることにしたから」

どんと胸を張ってみせると「見てないけど」紫煙を吐き出す口元だけが、小さく揺れる。

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