ビター・ハニー・ビター
「専務、私今大事な話の途中で」
『そう、俺も今大事なプライベートの時間割いて電話してんの』
それも、わかる。専務が時間外に掛けてくること自体珍しい。ぐ、と言葉を飲み込む。
口を噤むと、電話越しからは『まあ、いいや』と、専務特有のハスキーボイスが諦めたような口調へと変わる。
『今から内容メールするから、大事な要件済ませて、行けそうなら宜しく』
あぁ、くそう。
この低音のハスキーボイスを聞いてから、仕事脳から日常へ切り替わらない。オンとオフの使い道がまだ上手く掴めないあたしは、落ちた髪を耳に掛けて、一息つく。
「……いえ、行けます。あたしは何をすればいいんですか?」
『そ。行けばわかる。無理はするなよ』
聞かされた内容を素早くメモに取り、乾いた電子音が鳴り響くころには、彼氏、いや、元カレは出していた煙草やスマホをポケットに仕舞っていた。
専務、大事な話は知らない間に終わったみたいです。
「じゃ、頑張って」
「うん、ありがと」
最後だからと奢ってもらう。悲しみなど見せてやらない。強がって、背筋を伸ばし、ヒールを鳴らした。
今回のひとは中々良いと思ったのに。7ヶ月も付き合ったのに。
性格も優しかったし、顔も良かったし、高収入だったし…。ま、身体の相性はあまり良くなかったけれども、すごい下手くそだったけれども。そこだけ目を瞑れば最高だったのに。
グッバイ年収1200万。
けれどもあたしは割りと切り替えが早いタイプ。失恋して変に落ち込むことって、学生の頃一度経験したかな?くらいで、明日には全部忘れている。落ち度がないのに勝手に振られて腹は立つけれど、落ち込んでいる暇はない。なぜならあたしには時間が無いから。