ビター・ハニー・ビター
数分前彼氏にフラれたばかりだっていうのに、視界は一気に晴れ渡る。現金なヤツだと思われても、これがあたしなので仕方ない。
言われた部屋番号を押して、通してもらう。
その間、顔に粗相がないかと鏡で確認した。もとより彼氏(元)と会うつもりだったので抜かりはない。花形のクリップで髪を纏め直し、コロンを軽く振る。うん。いい女の香り。
到着した階の部屋番号と照らし合わせ、角を曲がった先にある一つの扉。間違いない、ここだ。
ごくり、固唾を飲みインターホンを鳴らす。
この扉の先に王子様が……!なんて夢見心地なあたしを他所に、ガチャ、と夢の扉が開いた。
「こんばんわ、リーブスグループ、専務の相沢の申し付けで参りました、雨宮と申します〜」
丁寧にお辞儀をし、さらに声に笑顔をプラスさせる。
だけど、反応はない。
空気が、微かに揺れた。
「……知ってるけど」
起伏のない声が聞こえて、バッと顔を上げた。王子様はそこにおらず、あたしの口から「は?」と呆気ない声が漏れるだけだった。
滑らかな紺色の扉に肩を寄りかかっているのは、長身で、身体の線が女性みたいに細い男性。見慣れたスーツではなく、肩まで開いたクルーネックの白いロンティーがやたらと色気があるようにも見える、けど。
伸びた前髪と分厚い丸眼鏡で鬱陶しそうに顔の半分を覆い隠して、じめっとした雰囲気を纏っている、その男。
どこが色気だ、陰気の間違いじゃん。
「なんで来てんの、帰れよ」
表情の見えないそいつは、必要最低限度の動きで唇を震わせる。