ビター・ハニー・ビター


驚きのあまり口をはくはくと動かし「…は?システムの、のびたくん?」と呼称を告げれば「知らんけど」とそいつは面倒そうに言う。


「いや、そうじゃん、何してんの?」

「何してんのって、ここ、俺ん家ですけど」


ここ、俺ん家、ですけど。

なんでこいつこんな良いマンション住んでるわけ?陰キャのくせに?残業?残業のせい?
てことは、なに?
専務の言いつけって、専務が言ってた“ そいつ ”って、まさか、この男?

「……じ、じゃあ、あんたが専務にデリヘル頼んだわけ?」

「…頼んだ覚えはない」

「はぁ?専務がここに来たらわかるって」

「知らない。どうでもいいけど、帰れば?」

ここに来てからというもの、この男は変わらない。唯一見えている口許に笑みさえ乗せず、起伏のない声で、只管やる気のない調子だ。

……本当だったら、今頃。

ふつふつと身体の中心から熱が湧き上がるのを感じた。

「あのね、あたしね?さっき彼氏と別れたの」

理由だけを言えば「へえ」と色のない相槌が聞こえた。あたしのボルテージは沸騰間近。ぎゅ、と指を折り曲げて力いっぱい握りしめる。

「その理由が多分、昼間、専務に別の仕事の話持ち掛けられて?その愚痴言ったから、なのね?」

「愚痴っただけで別れるんだ」

「この話がなければ愚痴ること無かったでしょ!?」

遂に声を張り上げると「八つ当たり」とその男は至極面倒そうに言う。

ちがう、今日はたまたまだ。

あたしは彼氏と別れたからって喚いたり縋ったりもしない、そういうのは、弁えている。
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