悪逆王女は改心したいのに、時戻しの魔法使いが邪魔してきます!?
「孤児院?」

「そう、先代の国王陛下が設立されたものです」

 先代国王――つまりは私のお祖父様。凡愚だと評されることの多い私の父とは違い、彼は賢王として名高かった。
 平民の子供でも読み書きが学べるよう教育環境を整え、貧しい者は無料でかかれる病院を各地に開設。お祖父様が在位中に成したことは多いが、孤児院まで作っていたとは初耳だった。

 ため息をつき、私は物憂く窓の外を眺める。

「現代史だって頑張って学んでるつもりだけど、まだまだね……。我ながら知識も見聞も全然足りてないわ」

「あ、る、じ」

 アレンが地を這うような低い声を出した。ぎくりっ。

 はいはい、悪逆王女に反省など不要でしたね!
 不満顔のアレンに見せつけるため、私はド派手な扇をばさっと開く。ちなみにこれはアレンからの貢ぎ物。

「まあ、聡明なわたくしならばすぐさま追いつくでしょうけど! せいぜい楽しみにしているがいいわ、ホーホッホッホッ!!」

「さすが! 己を疑わない心の強さ!」

「ホーッホホホホ!!」

 ふう。
 ようし、今日の高笑いクリアっと。

 扇を閉じて座席に深く座り直す。ちなみに、私達が今いるのは馬車の中。
 早速『慈善事業』とやらを行うために、アレンと二人でお祖父様の残した孤児院へと向かっているのだ。

「件の孤児院は国王陛下が代替わりされて以降、じりじりと予算が減らされているそうですよ。経営が苦しい、というほどではないようですがね」

「そうなの? じゃあ援助額を増やすようお父様にお願いしなきゃね。私にかかる費用はだいぶ削れたのだし、その程度簡単に捻出できるでしょう」

 もしそれでも足りないようであれば、食事やお茶菓子のランクを下げるなり、ドレスを買い替える頻度を低くするなり。まだまだ私に関して色々節約できると思う。

 しかし、アレンはきっぱりと首を横に振った。

「これ以上孤児院の予算を減らさぬよう進言するのは賛成です。……が、主の衣食住を侵すなどもってのほか! 清貧な悪逆王女を見て一体誰が喜ぶというのか!」

「あ~、ハイハイ……」

 今日も信者は口やかましかった。ていうかそもそも、悪逆王女を見て喜ぶのなんてあなただけですから?

 おざなりに返事をして、再び窓の外に視線を移す。
 孤児院は城下町の端に位置するらしく、立派な建物が密集していた大通りから、庶民的な住居の立ち並ぶ地域へと景色が流れていく。

「――ああ、そろそろ着きますよ」

 家々がまばらになった辺りで、馬車がゆっくりと止まった。アレンの手を借りて軽やかに降りると、豊かな緑に囲まれた屋敷が建っていた。

「すごい。随分お庭が広いのね?」

「畑も作ってあるみたいですね。どうやら援助に頼りきりというわけでもなさそうだ」

 門の外から二人して興味津々で覗き込む。
 屋敷は古いけれどしっかりした作りで、どこぞの貴族の邸宅を再利用したのかもしれない。庭の畑には野菜だけでなく美しい花々も咲いていた。

「……あれも食用?」

「なわけないでしょう。おそらく市場に卸して経営資金の足しにしているんですよ。しっかりした院長のようですね」

 あれこれ言い合いながら敷地内へと足を踏み入れる。
 事前予告なしで訪れたため、院の職員からの出迎えはなかった。これは普段の様子を見るためにと、アレンが提案したことだ。

「――ああっ!? ドロボーのブンザイで、オレに口ごたえしてんじゃねぇよっ!」

 正面玄関に向かおうとしたところで、突然甲高い怒声が聞こえてきた。どうやら声の主はまだ子供のようで、顔を見合わせた私達は急ぎ駆け出した。

「院長が帰ってくるまでに、オマエひとりで全部の窓ふき終わらせとけよ!」

「そうそう、オレらはその間遊んどくし~」

「ドロボーには当然のバツだよなっ」

 屋敷の裏手に辿り着く。
 まだ七、八歳ほどの女の子を、もう少し年嵩の少年達が取り囲んでいた。女の子は真っ青な顔で震えていて、足元にはバケツと雑巾が置いてある。

 こくんと唾を飲み、女の子が小さく首を振った。

「ひとりでぜんぶ、なんてムリ……。院長先生は、みんなで一緒にやりなさい、って」

「はあ!? うるせぇよっ」

 リーダー格らしき大柄の少年が乱暴に女の子の肩を押し、女の子が尻餅をつく。

「ちょっと! あなた達っ!!」

 カッとなった私は、思わず彼らの前に飛び出した。突然現れた私を見て、全員ぽかんと口を開ける。

「え? え? 貴族……さま?」

 外出着のドレスはなるべく地味なものを選んだが、それでも質の良さは一目見ればわかるのだろう。動揺した子供達がざわめいた。

 私はあえてじっくりと子供達を見回して、毅然として礼を取る。

「ごきげんよう、わたくしはリディア・オーレインと申しますわ。今日は故あって、この孤児院の視察に来たのですけれど……」

 わざと一度言葉を切って、大仰にため息をついた。

「残念極まりないですわ。まさか女の子を寄ってたかっていじめるような、品位の欠片もない振る舞いを目にすることになるなんて。この院を設立した亡きお祖父様も、これをお知りになれば大層お嘆きになることでしょう」

「あ……、あ……」

「ウソ……。リディア姫、さま……?」

 子供ながら、ことの重大性を理解したのだろう。泥棒呼ばわりされていた少女を含め、全員の顔からみるみる血の気が引いていく。

 目を細めて彼らを眺めていると、アレンが無言で前に出た。長身の彼に睨み据えられ、子供達がヒッと息を呑む。

(うんうん、さすが私の従者の貫禄ねっ。さあアレン、彼らにお説教するのよ!)

 扇を優雅に開き、余裕しゃくしゃくで見物と決め込む。微笑みを浮かべる私に頷きかけ、アレンはつかつかと子供達に歩み寄った。

「君達、安心するがいい! たとえ子供相手でも容赦しない、悪逆非道なリディア姫はこのわたしが責任を持って食い止めよう!――さあ、今すぐ逃げなさい!」

 …………はい?

 私が唖然としている間に、少年達(助けてあげた女の子まで!)は弾かれたように駆け出した。転びながらも必死で逃げる後ろ姿を茫然と見送ってから、私は光の速さでアレンの胸ぐらを引っ掴む。

「ア~、レ~、ン~?」

 ガックンガックン揺さぶられつつも、アレンは至極晴れやかな笑みを浮かべた。

「作戦成功ですね! いや、子供の噂話も案外馬鹿にできませんから。きっと『リディア姫は恐ろしいお姫様だった』と悪評を広げてくれるに違いありませ」

「今日の目的は慈善事業でしょうがーーーっ!!! 悪評を広げてどうするっ!!?」

 こちらは怒り心頭に発しているというのに、アレンは事もなげに肩をすくめる。

「どちらも同じぐらい大切ですよ。別に偽善は明日だって構わないでしょう?」

「偽善じゃなくて慈善ねっ!?」

 一字違いで大違いですから!!

「あ、あのぉ~」

「大体ね、女の子をいじめる大罪人を逃がすなんてどういうつもり!? しかもあの子一人に仕事を押しつけようとしてたのよっ」

「そういう主こそ、いつもわたしまで勉強に巻き込もうとするじゃないですか。仲間、仲間」

「仲間じゃないっ! 私はいじめなんかいたしませんっ!!」

「あのぉっ!!」

 泣き出しそうな大声が聞こえ、私とアレンはぴたりと口論をやめた。鼻息荒く振り向くと、枯れ木のように痩せた貧相な男の人が立っていた。

 私達から同時に睨みつけられ、彼は怯えたように身をすくませる。

「あ、あのぉ……。院長の、チェスターと申します……。な、何か当院に、ご用でしたでしょうか……?」
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