悪逆王女は改心したいのに、時戻しの魔法使いが邪魔してきます!?
「――と、いうわけで。リディア殿下は亡き先代国王陛下のご遺志を継がれ、この孤児院の経営を手助けしたいとおっしゃっているわけです」

 院長室に案内された私達は、早速事情説明に入ることにした。

 ぺらぺらとよく口の回るアレンに内心であきれつつ、私は悠然と扇をあおぎながらチェスター院長を観察する。彼はこれまでのところ一言も口を挟まず、ただ目を白黒させているだけだった。

 こっそりため息をついて扇を閉じる。

(院長っていうから、もっと厳しそうなお爺さんを想像してたけど……)

 チェスター院長はどう見てもまだ二十代の半ばだった。
 おまけに終始目を泳がせていて、頼りないことこの上ない。子供達が言いつけを無視したのも仕方ないのかもしれない。

「お、お話はわかりましたけども……」

 チェスター院長がもごもごと口ごもり、初めてまっすぐに私を見た。全く、もっとはきはき喋ればいいのに。

 なんとなく苛ついていると、彼は困ったように眉を下げた。

「その、失礼ですが、当院は殿下が偽善なさるには少々物足りないのではないでしょうか……? 国から費用は充分……とはいかないまでも、子供達に不自由させない程度には頂いておりますし、全員で力を合わせて多少のお金だって稼いで」

「ちょっと待って! 偽善じゃなくて慈善ですから!?」

 大慌てで訂正するが、彼はきょとんと目を丸くする。

「ですが、先程そちらの従者の方が」

 視線を向けられ、アレンが得たりとばかりに頷いた。

「はい。何を隠そう、殿下は偽善をして国民人気を高めることをお望みなのです」

「身も蓋もないっ!」

 合ってはいる!
 合ってはいるんだけど、そこはちゃんと隠す努力をしろ!!

 頭を抱える私をよそに、二人はさっさと話を進めていく。

「こちらとしてはむしろ、この孤児院に問題がないからこそ選んだのですよ。ちょちょっと子供達と交流し、新聞にでも褒め称えてもらえれば楽して得すると思われませんか?」

「なるほど~。そういうことでしたらウチとしても大歓迎です。新聞で宣伝してもらえれば、バザーのお客さんも増えるかもしれませんしね」

 バザー?

 眉をひそめる私に、院長がにこやかに説明してくれる。

「月に一回、当院の庭でバザーを開いているんですよ。売り物は畑で採れた花や野菜、子供達が手作りした小物類、それからご近所さんから寄付してもらった古着や古道具なんかですね。手直しや修理をしてから売っているので、お客さんにも好評なんです」

「そうなの! それならぜひ()()として、わたくしもそのバザーをお手伝いさせていただきたいわ」

 力を込めて言うと、院長もにこにこと頷いた。

「はい! ぜひ楽しく偽善していってくださいませ!」

「良かったですね主。とても良い偽善だと存じます」

 偽善偽善うっさいわ!

 息ぴったりの二人をひと睨みして、私は身軽に立ち上がる。そうと決まれば善は急げで、私もバザーの準備を手伝わなくては。

 院長に案内してもらい、まずは一通り孤児院の中を見回ることにした。

「次のバザーは五日後の予定です。目下、子供達も商品作りに励んでますよ。布の端切れで人形を作ったり、籐でカゴを編んだり、大人顔負けに器用な子も多いんです」

 うっ。
 それは確実に私は負けてしまうに違いない。

 声援を送るだけじゃ手伝ったことにならないかしら、と頭を悩ませていると、アレンがまたしても余計な口を挟む。

「リディア殿下は不器用の権化なので、残念ながらそこは手伝えまふぇふぇふぇ」

「そうよねぇっ! だから私の代わりにあなたが手伝うのよねぇ、従者としてっ!」

 失礼な従者の頬を盛大につねり上げ、制裁を加えながら院内を闊歩した。
 すれ違う子供達みんな、こちらが挨拶しても怯えたように俯くだけ。きっと王族という身分が畏れ多いのだろう。

 案内を終えた院長といったん別れると、私は情けなく肩を落とした。

「ちゃんと仲良くなれるのかしら……」

「ひゃいひょーふれす(大丈夫です)、ひぇんいんひぇひひゃにひひゃひょう(全員手下にしましょう)」

「手下にしてどうするのよ」

 それでは悪逆王女道まっしぐらだ。

 あきれながらようやくアレンの頬から手を放し、私はきょろきょろと辺りを見回した。

「どうされましたか?」

「さっきの女の子がいないのよ。ほら、いじめてた子達はちゃんといたんだけど」

 私と目が合った瞬間、脱兎のごとく逃げていったけどね。

 アレンも小さく首を傾げ、廊下の窓を大きく開いて身を乗り出す。ややあって、ああ、と声を上げた。

「あそこです。裏庭でしゃがみ込んでいますね、畑の雑草取りかな」

「よかった! じゃあ私は挨拶して仲良くなってくるから、アレンは他の子を手伝ってるのよ!」

「ちょっ、主!? 単独行動は――!」

 後ろから何やら叫ばれたが、私は聞こえないふりして走り出す。三階から一階に駆け下りて、裏口から外に出た。

「――ねえっ」

 声を掛けると、華奢な後ろ姿がびくりと跳ねた。
 すぐさま立ち上がって振り返り、私を認めて目をまんまるにする。

「あ……っ。おひめ、さま……?」

「リディアよ。あなたは何てお名前? 年はいくつなのかしら」

 親しげな口調で話しかければ、後ずさりしかけていた女の子が足を止めてくれた。もじもじとスカートを弄くり、聞こえるか聞こえないかの声で呟く。

「メイ、です。十一歳、です……」

「十一?」

 それは思ったよりも大きかった。
 改めてまじまじと彼女を見ると、痩せっぽちで血色も悪い。思わず手を伸ばし、こけた頬をつんと突いた。

「ご飯はきちんと食べてるの?」

「は、はいっ。あの、あたし一昨日ここに来たばかりなんです。ごはんはお腹いっぱい食べられるし、院長先生もとってもいい人です!……他の子たちは、ちょっとだけいじわるだけど……」

 真っ赤になって俯いてしまう。

「……でも、それはあたしのせいなんです。お母さんが死んで、頼る人もいなかったから……。だから、お店の食べ物を盗んだり、しちゃったから……」

「……そうだったのね」

 胸が詰まって、メイの頭をそっと撫でる。メイはしゅんと鼻をすすった。

「パン屋さんで、あたしの顔より長い、おっきなパンを盗ったときに捕まったんです。すごく怒られたけど、お母さんが死んじゃったって話したら、ここに連れてきてくれて」

 静かに耳を傾けながら、親切な店主でよかった、と私は胸を撫で下ろす。
 メイは痩せて顔色も悪いものの、よく見ればはっとするほど綺麗な顔立ちをしていた。悪い大人に捕まろうものなら、きっと大変なことになっていたに違いない。

 荒れたメイの手を取り、私はにっこりと笑いかける。

「メイ。私ね、今度バザーのお手伝いをすることになったの。メイと同じく初めてのバザーだから、二人で一緒に頑張りましょうね?」

「お姫さま……。は、はいっ」

 メイは飛びつくように頷いた。やっぱりすごく可愛い。

 ほのぼの笑い合っていると、背後からパチパチと拍手が聞こえてきた。

「さすがは我が主。早くも手下一号を手に入れたのですね」

「あら。私の手下はあなただけよ、アレン」

 鼻で笑ってやれば、アレンがうやうやしくお辞儀する。

「それは光栄。……ところで、さっきの子供達にはしっかりお説教をしておきましたからね。『好きな子をいじめるのは逆効果なんだぞ』としつこくからかってやったので、しばらくは恥ずかしがって寄ってこないはずです」

「好きな子!?」

「あのぐらいの年の子にはよくある話ですよ。初恋もまだの恋愛音痴で唐変木な主には、到底理解しがたいかもしれませんけど」

 本気でうっさいわ!

 怒り狂う私に含み笑いして、アレンは回れ右して逃げようとする。

「メイ! あの男を止めなさい!」

 咄嗟に叫ぶと、メイは素晴らしい瞬発力でアレンの腰に抱き着いた。小さな体に一生懸命にしがみつかれ、アレンは途方に暮れたような顔をする。

「やっぱり手下じゃないですか、主」

「ふふん。どうやらメイは、アレンよりずっとずうっと有能みたいね!」

 頭を撫でて褒めそやすと、メイは嬉しそうにはにかんだ。
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