ダーリンと呼ばせて~嘘からはじめる三カ月の恋人~
 部屋着でラフな姿で、髪の毛も少し乱雑に乱れて。

 見惚れてしまう。ただ真っ直ぐに見つめてしまうだけ。

「なにかあったら呼んで?」

「……はい」

 雨の音がまだ聞こえる。それでもそれ以上にどうしたって響く安積さんの低くて甘い声。この声を聞いて今日終わりを告げられるのか、そう思うと胸が震えた。

「おやすみ」

「……おやすみなさい」

 普段絶対に聞くことなどないフレーズ。

 挨拶は、誰とでも一日一度は交わすもの。

 おはよう、こんにちは、お疲れ様、さようなら……それでもおやすみだけは近しい人とだけ交わす特別な挨拶に思える。

 パタンと寝室の扉が閉じられて室内はまた雨音が響く。それでもどこからか聞こえる音は私の鼓動の音か。

 ドキドキと高鳴る胸が止まらない。締め付けられるように痛いのに嬉しいなんて。
 安積さんの部屋で、安積さんの布団にくるまって更けていく夜……明日の朝目覚めた世界には安積さんがいるのか。

 特別なおはようを告げる朝が訪れる……それを思うだけで眠れない……そう思っていたけれど。

 チリン……と、軽やかな可愛い鈴の音がまるで眠りの世界に(いざな)うようで……。

 雨音と一緒に安積さんの布団に包まれて私の意識は徐々に手放されていったのだ。
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