カラオケだけが楽しみだった私が、仕事にも恋にも本気になるまで
土曜は歌姫
「はい、総務です」
高村美織は、いつものように電話を取った。
「すみません。210会議室なんですが、コピーボードの紙が切れちゃって。交換お願いできます?」
「はい。すぐにお持ちします」
――結局、総務って雑用係なのよね。
備品棚からコピーボード用のロール紙を引き出し、美織は210会議室へと足を向ける。
彼女が勤めるのは、健康器具メーカー『ハーモニックヘルス』の総務部。入社して七年目、気づけば二十代も残りわずかだった。
◇◇
土曜の昼下がり。
柔らかな光が差し込む部屋で、美織はクローゼットの前に立っていた。
今日はお気に入りのラベンダー色のブラウスに、白のフレアスカート。メイクも平日より少しだけ華やかにして、リップはツヤ感のあるローズピンクを選ぶ。
――うん、いい感じ。
ゆったりとした週末の空気が、気持ちを少し大胆にさせてくれる。
平日は地味でおとなしいと言われがちな自分も、土曜だけは違う顔になれる。
その変化が、美織にとって密かな楽しみだった。
電車に揺られて向かったのは、繁華街の外れにあるビルの五階。カラオケサークルの定例会場。
エレベーターの扉が開いた瞬間、廊下に漏れる音楽と賑やかな声が、美織の胸をわくわくさせる。
ドアを開けると、もう何人かのメンバーが集まっていた。
「美織ちゃん、今日のコーデかわいいね〜」
「うん、めっちゃ似合ってる。新曲、歌うんでしょ? 楽しみにしてるよ!」
「ありがとう。……頑張るね」
そう言って笑いながらも、美織の手の中にはすでにマイク。
イントロが流れると、自然と背筋が伸び、視線はまっすぐ前へ。
澄んだ歌声が、部屋の空気を一変させた。
仲間たちの会話が止まり、音に身を委ねるように体を揺らす。
歌い終わると、拍手と歓声が一斉に湧き起こる。
「やっぱり美織ちゃん、すごいなぁ。あの高音、どうやって出してるの?」
「今日の曲、完璧だったよ! 鳥肌立った!」
美織は少し照れくさそうに笑い、そっとマイクを置いた。
――この場所だけは、誰にも遠慮せずにいられる。
――ここが、私の舞台。
高村美織は、いつものように電話を取った。
「すみません。210会議室なんですが、コピーボードの紙が切れちゃって。交換お願いできます?」
「はい。すぐにお持ちします」
――結局、総務って雑用係なのよね。
備品棚からコピーボード用のロール紙を引き出し、美織は210会議室へと足を向ける。
彼女が勤めるのは、健康器具メーカー『ハーモニックヘルス』の総務部。入社して七年目、気づけば二十代も残りわずかだった。
◇◇
土曜の昼下がり。
柔らかな光が差し込む部屋で、美織はクローゼットの前に立っていた。
今日はお気に入りのラベンダー色のブラウスに、白のフレアスカート。メイクも平日より少しだけ華やかにして、リップはツヤ感のあるローズピンクを選ぶ。
――うん、いい感じ。
ゆったりとした週末の空気が、気持ちを少し大胆にさせてくれる。
平日は地味でおとなしいと言われがちな自分も、土曜だけは違う顔になれる。
その変化が、美織にとって密かな楽しみだった。
電車に揺られて向かったのは、繁華街の外れにあるビルの五階。カラオケサークルの定例会場。
エレベーターの扉が開いた瞬間、廊下に漏れる音楽と賑やかな声が、美織の胸をわくわくさせる。
ドアを開けると、もう何人かのメンバーが集まっていた。
「美織ちゃん、今日のコーデかわいいね〜」
「うん、めっちゃ似合ってる。新曲、歌うんでしょ? 楽しみにしてるよ!」
「ありがとう。……頑張るね」
そう言って笑いながらも、美織の手の中にはすでにマイク。
イントロが流れると、自然と背筋が伸び、視線はまっすぐ前へ。
澄んだ歌声が、部屋の空気を一変させた。
仲間たちの会話が止まり、音に身を委ねるように体を揺らす。
歌い終わると、拍手と歓声が一斉に湧き起こる。
「やっぱり美織ちゃん、すごいなぁ。あの高音、どうやって出してるの?」
「今日の曲、完璧だったよ! 鳥肌立った!」
美織は少し照れくさそうに笑い、そっとマイクを置いた。
――この場所だけは、誰にも遠慮せずにいられる。
――ここが、私の舞台。
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