カラオケだけが楽しみだった私が、仕事にも恋にも本気になるまで
仕上げに向かって
日曜の午後、カラオケルーム。
指定された部屋に入ると、いつものように響生が機材を整え、美織は譜面を手に取った。
「だいぶ合ってはきたけど、まだしっくりこないのは……」
美織は譜面を見つめながら口を開いた。
「お互いに、曲の解釈をちゃんとすり合わせてこなかったからかも。歌う前に、一度、譜面を見ながら確認しませんか」
その言葉に、響生は少し意外そうな表情を見せたあと、静かに頷いた。
「たしかに。一人で歌うのとは違いますからね。二人で伝える歌、ですもんね」
――デュエットは、同じ気持ちで歌ってこそ完成する。
これまでも“勝ちたい”と思って練習してきた。
でも今は、それ以上に――青海さんと一緒に、勝ちたい。
その思いが、美織の中で確かに強くなっていた。
「ここ、二重唱に入るところは少し抑えめにして、そのあとのサビで感情を解放した方がメリハリが出ると思うの」
「うん、過去を乗り越えて前向きになるパートだから、表情の変化も出したいですね。音だけじゃなくて、視線とか呼吸も意識してみましょうか」
お互いの意見を出し合いながら、ポイントを譜面に書き込んでいく。
いつの間にか、会話のテンポも自然と噛み合っていた。
一通りの確認を終えると、響生がリモコンを手に取った。
「じゃあ、歌ってみましょう」
彼の声は、以前より少しだけ柔らかかった。
◇◇
翌週の土曜日、カラオケサークルの定例会。
大会本番を目前に控え、美織と響生は、リハーサルとしてメンバーの前でデュエットを披露することになっていた。
「じゃあ、本番想定でお願いします!」
福田麻衣子の合図とともに、ふたりはマイクを手に立ち上がる。
軽くうなずき合い、曲がスタートする。
最初のパート。
美織の声は、これまでよりもさらに柔らかく深みを帯びていた。
響生も自然体で歌いながら、美織の声を受け止めるように寄り添ってくる。
そしてサビ、二人の声が重なった瞬間――
空気が変わった。
息の合ったハーモニーが、狭いカラオケルームいっぱいに広がる。
曲が終わったとき、しばしの静寂の後、拍手が巻き起こった。
「おお……いいじゃん!」
「かなり仕上がってきたね!」
「でも!」
麻衣子が手を挙げて立ち上がる。
「ごめん、あえて言うけど……サビの直前、二人とも前を向いたままだったでしょ? あそこ、顔を合わせた方が絶対“気持ち”が伝わるわ」
「うんうん。歌だけでも届いてはいるんだけど、“目線”があるともっとグッとくるかも」
園田も頷く。
「あと、Cメロでの“離れてるのに心は通じてる”って感じ、ちょっとだけ物理的に距離が近すぎるかも。ステージだったら、視線の交わし方で距離感つくると映えると思う」
美織はメモを取りながら、真剣に頷いた。
響生も隣で、「なるほど……参考になります」と口にする。
「気持ちが込もってるのはすごく伝わってるの。でも、だからこそ、動きや目線がもうひと工夫あると、観客にもっと響くのよ」
「ありがとうございます。やってみます」
アドバイスを受け、美織はふと響生の方を見た。
その目が、自然に重なる。
――今度は、ちゃんと気持ちを届けたい。
ただ上手に歌うだけじゃない。
二人で、一つの物語を伝えるために。
指定された部屋に入ると、いつものように響生が機材を整え、美織は譜面を手に取った。
「だいぶ合ってはきたけど、まだしっくりこないのは……」
美織は譜面を見つめながら口を開いた。
「お互いに、曲の解釈をちゃんとすり合わせてこなかったからかも。歌う前に、一度、譜面を見ながら確認しませんか」
その言葉に、響生は少し意外そうな表情を見せたあと、静かに頷いた。
「たしかに。一人で歌うのとは違いますからね。二人で伝える歌、ですもんね」
――デュエットは、同じ気持ちで歌ってこそ完成する。
これまでも“勝ちたい”と思って練習してきた。
でも今は、それ以上に――青海さんと一緒に、勝ちたい。
その思いが、美織の中で確かに強くなっていた。
「ここ、二重唱に入るところは少し抑えめにして、そのあとのサビで感情を解放した方がメリハリが出ると思うの」
「うん、過去を乗り越えて前向きになるパートだから、表情の変化も出したいですね。音だけじゃなくて、視線とか呼吸も意識してみましょうか」
お互いの意見を出し合いながら、ポイントを譜面に書き込んでいく。
いつの間にか、会話のテンポも自然と噛み合っていた。
一通りの確認を終えると、響生がリモコンを手に取った。
「じゃあ、歌ってみましょう」
彼の声は、以前より少しだけ柔らかかった。
◇◇
翌週の土曜日、カラオケサークルの定例会。
大会本番を目前に控え、美織と響生は、リハーサルとしてメンバーの前でデュエットを披露することになっていた。
「じゃあ、本番想定でお願いします!」
福田麻衣子の合図とともに、ふたりはマイクを手に立ち上がる。
軽くうなずき合い、曲がスタートする。
最初のパート。
美織の声は、これまでよりもさらに柔らかく深みを帯びていた。
響生も自然体で歌いながら、美織の声を受け止めるように寄り添ってくる。
そしてサビ、二人の声が重なった瞬間――
空気が変わった。
息の合ったハーモニーが、狭いカラオケルームいっぱいに広がる。
曲が終わったとき、しばしの静寂の後、拍手が巻き起こった。
「おお……いいじゃん!」
「かなり仕上がってきたね!」
「でも!」
麻衣子が手を挙げて立ち上がる。
「ごめん、あえて言うけど……サビの直前、二人とも前を向いたままだったでしょ? あそこ、顔を合わせた方が絶対“気持ち”が伝わるわ」
「うんうん。歌だけでも届いてはいるんだけど、“目線”があるともっとグッとくるかも」
園田も頷く。
「あと、Cメロでの“離れてるのに心は通じてる”って感じ、ちょっとだけ物理的に距離が近すぎるかも。ステージだったら、視線の交わし方で距離感つくると映えると思う」
美織はメモを取りながら、真剣に頷いた。
響生も隣で、「なるほど……参考になります」と口にする。
「気持ちが込もってるのはすごく伝わってるの。でも、だからこそ、動きや目線がもうひと工夫あると、観客にもっと響くのよ」
「ありがとうございます。やってみます」
アドバイスを受け、美織はふと響生の方を見た。
その目が、自然に重なる。
――今度は、ちゃんと気持ちを届けたい。
ただ上手に歌うだけじゃない。
二人で、一つの物語を伝えるために。