求愛過多な王子と睡眠不足な眠り姫
 頃合いを見計らった女将がここでタクシーの到着を知らせる。
 川口は自分の頬をペチリと叩いた。

「チェックお願いします。茨さんにも言いましたが口止め料です」

 しっかりした足取りで出て行こうとし、ふと思い立ったのか振り向く。

「私はあなたの代わりに部を率いて、あなたより素晴らしい男性を見付けますから! どうぞ、そちらの眠り姫とお幸せに! さようなら!」
「あぁ、さようなら」

 目尻に溜まった滴を拭い、スイカを8等分した笑顔で別れを告げてくる。きっと川口は明日から部長の椅子を本格的に狙う。もう僕やミントに構ってなどいられないはずだ。

「じゃあ、僕等も帰りますか」
「ほぅ、そちらのお嬢さんが恭吾のプリンセスかな?」

 ミントを抱き上げたところで、低い声のストップが掛けられた。

「斬新な恋人紹介だな」

 含みしかない言い回しが全身を巡り、嫌な汗が出てくる。

「……父さん」
「女将を責めるなよ、私が無理を言って案内して貰った。息子のお相手にお目にかかれるチャンスを逃す手はないだろう?」

 父はこの会話中に食事を片付けさせ、新たに軽食を並べさせる。どうやら実家に寄り付かない僕をこのまま帰すつもりはないらしい。
 川口で手一杯で、父にまで気を配れなかった。

「なにも取って喰おうとしているんじゃない。彼女と話をしたい」
「日を改めませんか? ご覧の通り、眠っています。それとも寝言でやりとりします?」
「寝言をいっているのは恭吾、お前じゃないか。お姫様の目を覚ますのが王子の役目だろう」

 父は席につき、僕等へ正面に座るよう圧をかける。
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